クロスボーダーM&A 完全ガイド ライフサイエンス業界編 【2025年版】
クロスボーダーM&A最前線、ライフサイエンス業界のクロスボーダーM&A動向・案件情報を国別解説
人口増加、高齢化、経済成長という3つの推進力により、東南アジアのライフサイエンス業界が急拡大しています。国によって規制や成長段階が異なる中、医薬品製造・医療機器・ヘルステックといった各セグメントで外資による投資機会が増加。ライフサイエンス分野のクロスボーダーM&A動向・案件情報を弊社クロスボーダーM&Aアドバイザリー部門が解説します。
クロスボーダーM&Aの実施を検討されている方は是非とも参考にしてください。
クロスボーダーM&A(Cross-border M&A)とは、国境を越えて行う合併や買収のことで、海外企業が関わるM&Aであり、クロスボーダーM&Aは、企業が国際市場において成長を追求し、競争力を強化するための戦略的手段です。ビジネスにおいては国際間の取引という意味となります。日本企業においては国内市場の成熟化や人口減少に伴う需要低迷が顕著であるため、海外への進出が不可避となっており、クロスボーダーM&Aを活用するケースが増加しています。クロスボーダーM&Aは企業がグローバル展開をする手段として注目されており、クロスボーダーM&Aを採用する理由として昨今多くなっているのは、時間を買うという目的が多いです。自社のみで、一から海外進出を検討した場合、クロスボーダーM&Aを行う場合と比較して、海外でビジネスをするための経験・ノウハウやオフィス準備、人材採用・人材確保などの時間を多く要することになり、スピード感をもったビジネス展開が難しくなります。よって、クロスボーダーM&Aにて、海外で既にビジネスを行っている企業を買収できれば、まさに時間を買うことが可能となり、スムーズな海外展開が可能となります。
実際、近年の日本企業によるクロスボーダーM&A(In-Out型のクロスボーダーM&A)は増加傾向にあり、東南アジアの高成長市場や欧米先進国の先端技術取得を狙ったもので、2018年には取引件数および成約金額が過去最高に達しました。また、日本国内ですでに成熟しているマーケットも、海外では未開拓であることが多く、クロスボーダーM&Aを通じて競合他社が少ないブルーオーシャンでビジネスを行うというのは、クロスボーダーM&Aは戦略的に他社との優位性を確保できる優れた手法となります。
さらに、クロスボーダーM&Aの認知度が高まるにつれ、大規模案件に注目が集まり、企業間競争が激化しています。代表的な事例として、ソフトバンクによる英国の半導体設計会社アームのクロスボーダーM&Aや、三菱UFJフィナンシャルグループによるタイのアユタヤ銀行のクロスボーダーM&Aが挙げられます。これらのクロスボーダーM&Aは、国内市場の縮小を背景に、新興市場の成長機会を活用するための手段とされています。
東南アジアにおけるライフサイエンス分野での投資やM&Aを検討する上で、最低限理解すべき基本統計が下記になります。東南アジアといってもひとくくりにはできず、各国にて状況が異なるのが特徴的です。
・シンガポールは高齢化社会に適応した医療制度を整備しており、寿命・医師数・病院数・死因構造も先進国型。
・マレーシア・タイ・ベトナムは糖尿病を含む生活習慣病の増加が課題。
・インドネシア・フィリピンは医療資源が相対的に不足しており、今後の整備が急務。
項目 | シンガポール | マレーシア | タイ | インドネシア | ベトナム | フィリピン |
---|---|---|---|---|---|---|
平均年齢(2024年) | 42.6歳 | 30.7歳 | 40.1歳 | 30.5歳 | 32.4歳 | 25.7歳 |
平均寿命(2023年) | 83.6歳 | 76.9歳 | 77.2歳 | 71.7歳 | 75.4歳 | 71.2歳 |
主な死因トップ3 |
1. がん 2. 心疾患 3. 肺炎 |
1. 心疾患 2. 脳卒中 3. 糖尿病 |
1. 心疾患 2. 交通事故 3. 糖尿病 |
1. 心疾患 2. 脳卒中 3. 呼吸器感染症 |
1. 脳卒中 2. 心疾患 3. 糖尿病 |
1. 心疾患 2. 肺炎 3. 交通事故 |
医師数(人口10万人あたり) | 27.4人 | 15.8人 | 8.1人 | 4.2人 | 8.9人 | 6.7人 |
病院数(人口100万人あたり) | 4.5施設 | 3.8施設 | 2.1施設 | 1.2施設 | 2.9施設 | 1.8施設 |
医療費のGDP比率(2023年) | 4.9% | 4.3% | 3.8% | 3.3% | 5.7% | 4.5% |
国 | 主な機会 | 主な課題 |
---|---|---|
シンガポール |
・アジアのライフサイエンス・R&Dハブ:国際製薬・バイオテック企業のアジア拠点多数(Pfizer、GSK、Amgen) ・サービス業(病院・クリニック・薬局)の成熟化 ・先端医療・バイオ医薬分野での発達:mRNA、細胞治療、デジタルヘルス等に政策的支援 |
・市場規模の小ささ(人口約580万人) ・全体的なコスト高 |
マレーシア |
・ジェネリック医薬品・医療機器製造拠点としての成長 ・世界初のハラール医薬品ガイドラインを策定(NPRA管轄) ・低コスト高品質医療がシンガポールの代替地として注目 |
・承認手続きの煩雑さと遅さ(NPRA) ・高付加価値分野(バイオ医薬など)の人材と技術不足 ・基礎研究や臨床試験環境は限定的 |
タイ |
・マレーシア同様、医療機器製造拠点としての成長 ・医療観光のハブ(美容、歯科、がん治療等) |
・高付加価値分野(バイオ医薬など)の人材と技術不足 ・周辺国との差別化(対シンガポール・マレーシア・ベトナム等) |
インドネシア |
・巨大市場(人口2.7億人)と中間層の拡大 ・国産品優先政策(2018年〜)による国内製造業へのM&Aの機会 |
・外資規制(製造におけるJV要件など) ・インフラ(物流・コールドチェーン等)の未整備 |
ベトナム |
・急速な市場拡大・中間層の増加 ・ジェネリック市場の再編(国営→民営化) |
・医薬品登録の遅延・複雑性(MOH管理体制の硬直性) ・製造拠点としての品質認証に課題(GMP整備) ・現地企業の技術力不足 |
フィリピン |
・英語話者人材によるCRO/BPO機能拠点としての可能性 ・OTC医薬品・ヘルスケア製品の成長 |
・規制の不透明性・承認プロセスの長期化 ・医療保険制度のカバー率・財政基盤に不安 ・流通インフラやサプライチェーンの脆弱性 |
シンガポール
市場概要:
・アジアのR&D・製造拠点としての地位を確立
・アストラゼネカが約1.5億ドルを投資し、ADC製造施設建設を発表
政策支援:
・政府が2025年までに31億ドルの支援予算を設定
・知的財産保護と高品質な労働力が魅力
投資機会:
・高付加価値製薬・バイオ医薬品の製造設備投資
・スタートアップ支援型R&D施設の開設
・アジア地域向けの医療ロジスティクス拠点化
マレーシア
市場概要:
・医療ツーリズムが国家戦略の柱(インドネシアからの流入多)
・カテーテルや手袋など、特定領域での世界的なシェアを誇る
投資機会:
・ヘルステック連携(遠隔診療や保険連携)
・ハラル医療機器・医薬品製造への支援
・医療観光インフラへの参画(私立病院、クリニックチェーンなど)
タイ
市場概要:
・東南アジア有数の医療機器・製薬の輸出国
・医療ツーリズムおよび高齢者向け市場が拡大中
政府支援:
・BOIによる税制優遇や「バイオ経済戦略」
・精密医療、細胞治療、遺伝子治療への投資促進
投資機会:
・医療機器製造拠点(ISO・CE基準対応)の整備
・遺伝子検査・創薬スタートアップとの連携
・地場製薬企業との技術連携またはM&A
インドネシア
市場概要:
・医療機器の80%以上が輸入依存
・医薬品製造業のGDP比率が低下傾向(製造業全体で27%→18%)
政策動向:
・「P3DN政策」:国産製品の使用を優遇する国家戦略
・外資100%出資可能な分野も増加(医療機器など)
投資機会:
・医療用消耗品・医療機器製造の内製化支援
・ジェネリック医薬品市場への参入
・インフラ(物流・倉庫)強化プロジェクト
ベトナム
市場概要:
・年間10%以上の成長が見込まれる医薬品市場
・ジェネリック医薬品が市場の主流(多数の中小企業が存在)
・グローバル製薬企業のシェアは限定的(分散型市場)
制度変化:
2024年に薬事法が改正され、外資系企業の参入障壁が緩和
製造委託品の再購入と販売
輸入品の自社倉庫経由での配送が可能に
電子商取引による医薬品販売の合法化
投資機会:
・国営→民営化された製薬企業の資本提携
・地場企業とのJV・M&Aによる製造網強化
・技術移転・Eコマース対応インフラの構築
フィリピン
市場概要:
・都市部・地方の医療格差が深刻 → 医療需要は拡大
・公共医療は脆弱、民間主導型医療サービスが成長
政府施策:
・外国直接投資(FDI)の促進
・医療・製薬分野を「戦略的産業」に指定
投資機会:
・地方でのクリニック/中規模病院開設
・医薬品流通(ジェネリック供給網)の整備
・民間医療保険サービス/SaaS型管理システムの導入
― 東南アジアで進化する“課題解決型”医療エコシステム ―
東南アジアのライフサイエンス業界では、近年、オンライン診療、電子カルテ、保険管理などを軸にした「課題解決型ヘルステックスタートアップ」が急成長しています。医師不足、インフラ未整備、公的保険の未整備といった地域特有の課題を、テクノロジーで解決しようとする企業が続々と台頭しています。
オンライン医療の急拡大
東南アジアでは、医療機関や医師が都市部に集中しているため、離島・山間部では医療へのアクセスが限られています。これに対応する形でオンライン医療サービスが普及しています。代表例としては、インドネシアの「Halodoc」があります。医師とのビデオ診療、薬の配送、保険申請までをワンストップで提供し、配車アプリ「Grab」との連携によりロジスティクスもカバーしています。また、シンガポールの「Doctor Anywhere」は、遠隔診療と都市部のクリニックを組み合わせたハイブリッド型のサービスを展開。タイやベトナムなどにも進出し、東南アジア全体でプレゼンスを拡大しています。
電子カルテと保険管理SaaSの進化
公的な電子カルテ制度が未整備な国が多い東南アジアでは、民間主導で医療情報を管理する仕組みが広がりつつあります。フィリピンの「mClinica」は、薬局ネットワークをクラウドで管理し、処方箋・薬剤情報を共有可能にするシステムを提供。政府との連携を通じて、公衆衛生管理にも貢献しています。ベトナムの「Med247」は、都市部と地方をつなぐクリニック網を整備し、診療予約や症状の記録、リマインダー機能をアプリで完結。今後の標準モデルとなる可能性を秘めています。こうしたシステムは、民間医療保険との連携や遠隔診療との統合を前提としており、サービス提供の効率化と精度向上が進んでいます。
ユニコーン企業の登場と投資の加速
ヘルステック分野からもユニコーン企業(評価額10億ドル超)が誕生しており、世界中のVCや事業会社が熱い視線を送っています。インドネシアの「Alodokter」は、月間3,000万人以上のユーザーを抱え、診療・予約・保険・電子カルテ機能を統合。ソフトバンクやSequoia Capitalなどが出資しています。シンガポールの「Speedoc」は、医師の自宅訪問サービスに医療IoTを組み合わせ、高齢者や慢性疾患患者への在宅医療を高度化しています。投資家は、こうした企業のビジネスモデルの再現性、収益性、規制対応力に注目しており、出口戦略としてIPOやM&Aを視野に入れた成長ストーリーが描かれています。
日本企業にとってのチャンス
日本企業にとって、東南アジアのヘルステック分野は以下の4つの観点から大きなビジネスチャンスがあります。
医療用IoTデバイスや診断AIなどの技術提供
保険制度や診療フローに関するオペレーション構築支援
情報セキュリティや個人情報保護に関する知見の提供
資本参加やM&Aによるスタートアップの成長支援
特に、遠隔診療・薬配送・保険を一体で提供する「トリプル統合型モデル」においては、日本の製薬・物流・ICT企業が持つ専門性が現地で非常に高く評価される要素となっています。
ライフサイエンス分野のM&Aは、単なる企業の所有権移転にとどまらず、技術・人材・規制・流通といった多層的な要素が複雑に絡み合う構造を持っています。特に製薬、医療機器、バイオテクノロジー、ヘルステックなどの領域では、法規制と社会的責任が重いため、他業界とは異なる視点での実務対応が求められます。
以下に、ライフサイエンスM&Aにおける特有のチェックポイントを整理します。
1. ライセンス・許認可の移転可否と再申請リスク
製薬業・医療機器業におけるライセンスや認可は、国ごとの薬事法に基づき事業者単位で発行されています。そのため、M&Aによって株主が変わっただけでライセンスが無効になるケースもあり、名義変更または再取得の必要性を早期に見極める必要があります。製造拠点や販売権、製品登録番号などが対象に含まれているか、現地規制当局との交渉余地はあるかなど、買収前に明確にしておくことが極めて重要です。
2. 生産拠点の技術基盤と品質管理の実態把握
工場の外観や生産量だけでなく、**品質管理体制(QA/QC)**やGMP適合状況、文書管理のレベルなど、より“中身”に踏み込んだ確認が必要です。
特に、技術者の個人技能に依存している現場では、マニュアル未整備・工程管理の属人化がリスクとなり得ます。キーパーソンが退職した場合の製造継続性や、国際基準に対応した工程改善の余地があるかなど、将来的な事業運営への影響まで見据えた評価が不可欠です。
3. 販売・流通チャネルの契約構造と安定性
ライフサイエンス業界では、製品そのものよりも「販売網・代理店ネットワーク」の方が競争優位の源泉となることがあります。そのため、既存の販売契約の内容や流通スキームの維持可能性は極めて重要な要素です。
例えば以下のようなリスクが考えられます:
・M&Aによるオーナー交代で主要販社との契約が終了する可能性
・チェンジ・オブ・コントロール条項の発動による流通停止
・医師紹介・プロモーション活動に関する非公開の慣習や契約
これらの契約リスクを可視化し、引き続き販売チャネルを維持できるかどうかの見極めが欠かせません。
4. 中長期的な制度変更と価格リスクへの備え
ライフサイエンス業界は、各国の医療政策や価格統制、保険制度改定によって短期間で事業環境が変化することがあります。とくに薬価制度や輸入制限、国産化優遇政策が導入されると、突然の利益圧迫や撤退リスクにも直面します。
そのため、買収にあたっては過去の制度変更の影響や、今後の規制・価格改定シナリオをシミュレーションし、柔軟なビジネスモデル設計と価格耐性を備えておく必要があります。
東南アジアのライフサイエンス業界は、人口増加・医療制度改革・ヘルステックの進展といった構造的な成長要因を背景に、今まさに本格的な拡大フェーズを迎えています。一方で、国ごとに異なる薬事規制やライセンス制度、人材や現場ノウハウへの高い依存性など、M&A実行時には他業種にはない複雑な要素が潜んでいます。とりわけ、許認可の移転、製造設備の実態、販売チャネルの契約構造など、数値に表れない“見えないリスク”の把握と評価が極めて重要です。成功のためには、現地に足を運び、人に会い、制度と文化を理解する視点が欠かせません。「戦略性 × 実務力 × 信頼関係」を兼ね備えたパートナーとの連携こそが、持続的成長と企業価値向上への確かな一歩となります。
クロスボーダーM&Aは、企業が国際市場での競争力を維持し、成長を追求するための重要な戦略となり続けるでしょう。しかし、クロスボーダーM&Aは国内企業同士のM&Aと比べて、PMIの難易度が高くなる傾向が多く、これは言語、法律、商慣習、文化などの様々な生活・ビジネス環境が異なる企業同士がを行うため、時間を要するケースがあります。企業がクロスボーダーM&Aを成功させるためには、事前の徹底したデューデリジェンス、譲渡企業と譲受企業の密なコミュニケーションの実施などが不可欠です。また、現地情報に精通した外部専門家のアドバイザリーサービスを事前に受けるなどの対応も求められます。
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