M&A 完全ガイド【2025年版】

M&A最前線、手法やメリット・デメリット、流れを具体的に解説


 M&A(エムアンドエー)」とは何か、ご存じでしょうか。M&AはMergers and Acquisitionsの略称で、日本語では企業同士の合併や買収を意味します​。つまり複数の会社が一つに統合したり、一方が他方を買い取ったりする行為全般を指します。

 また、広義には資本提携など企業間の協業も含めてM&Aと呼ぶ場合があります​。本記事では、M&Aに関心のあるビジネスパーソンの皆様に向けて、M&Aの基本と実務ポイントをわかりやすく解説します。




1. M&Aの定義と種類

まずはM&Aの基本的な定義と、その代表的な種類について押さえましょう。

M&Aの定義(狭義と広義)

 M&A(合併・買収)とは、企業の組織再編や事業承継、成長戦略の手段として用いられる企業間取引です。狭義には企業同士が統合する「合併」や一方が他社を買い取る「買収」を指します。一方で広義のM&Aには、資本提携や業務提携といった経営権の移動を伴わない提携関係も含まれることがあります​。例えば一部株式の取得による資本参加や企業同士のジョイントベンチャー設立も、広い意味ではM&Aの一種とされます。

 要するに、狭義のM&A = 企業の合併・買収広義のM&A = 合併・買収に加えて資本提携等の企業提携全般という違いがあります。本記事では主に狭義のM&A(合併・買収)を中心に解説しますが、中小企業の事業承継では広義のM&Aとなる資本提携や業務提携も選択肢となり得る点に留意してください。

M&Aの主な種類(スキーム)

 M&Aには様々な手法(スキーム)があります。代表的なものを以下にまとめます。

  • 合併(Merger): 複数の会社を一つに統合する手法です。特に既存の会社が他社を吸収する形式を「吸収合併」といい、新たに会社を設立して統合する形式を「新設合併」と呼びます。吸収合併では存続会社が消滅会社の権利義務をすべて引き継ぎ、新設合併では消滅会社の権利義務を新しく作る会社が承継します。

  • 株式譲渡(Stock Purchase): 売り手企業の株主が保有株式を買い手に譲渡することで経営権を移す方法です​。中小企業のM&Aで最も一般的な手法で、会社そのものを丸ごと引き継ぐ形態です。株式の売買契約によってオーナーが交代し、買い手は対象企業の資産・負債を包括的に承継します。

  • 事業譲渡(Business Transfer): 会社の事業の全部または一部を他社に売却する方法です。会社法上、売り手企業は譲渡する事業に関する資産や負債を選択的に切り出して移転できます。譲渡対象以外の事業や法人格は売り手側に残るため、必要な事業だけを売買したい場合に用いられます。

  • 株式交換・株式移転: 複数企業を親子関係にするための手法です。株式交換はある会社が他社を完全子会社化するため、その子会社の全株式を取得する方法​。株式移転は複数の企業が新たに持株会社(ホールディングカンパニー)を設立し、その傘下に入る形で子会社化する手法です​。いずれもグループ再編などに利用されます。

  • 第三者割当増資: 対象企業が新株を発行し、特定の第三者(買い手)がその株式を引き受ける方法です。これにより買い手企業は対象企業に出資し一定の議決権を得ます。増資資金が対象企業に入るため資本増強になる点が特徴です。既存株主の持株比率が下がるため、買収というより資本参加の色彩が強い手法です。

  • 資本業務提携: 資本提携(出資)と業務提携を組み合わせた形態です​。完全な経営統合ではなく、一部資本関係を結びつつ事業上の協力関係を構築します。買収に比べ緩やかな提携関係ですが、資本参加により単なる契約以上に強固な関係になるメリットがあります​。

  • 合弁会社の設立(ジョイントベンチャー): 複数企業がお互いに出資し、新たに共同出資会社(JV)を設立する手法です​。お互いの経営資源を持ち寄り、新規事業などを共同で行う場合に有効です。双方がリスクとリターンを共有し、単独では得られないシナジーを狙います。

 以上が主要なM&Aスキームです。特に中小企業の譲渡では株式譲渡が圧倒的に多く採用されています​。自社の状況や目的に応じて最適な手法を選択することが重要です。


2. M&Aのメリット(買い手・売り手視点)

M&Aには経営上の大きなメリットが存在します。ただしその内容は、買い手企業売り手企業の立場で異なります。それぞれの視点から主な利点を見てみましょう​。

売り手企業側のメリット

 売り手(事業を売却する側)の経営者にとって、M&Aを行う主なメリットは次のとおりです​。

  1. 創業者利潤(オーナー利益)の獲得 – 長年築いた会社を売却することで、株式の譲渡益という大きなリターンを得られます。中小企業オーナーの場合、自社株は非上場で現金化しにくい資産ですが、M&Aによりそれを現金化でき、「ハッピーリタイア」に必要な資金を得ることができます。加えて、株式や事業と一緒に会社の債務も買い手へ引き継ぐため、オーナー個人が負っていた個人保証も解消できるケースが多いです。※個人保証とは経営者個人が会社借入の連帯保証人となることで、中小企業では一般的ですが、M&Aにより債務ごと譲渡すれば経営者個人の負担を外すことが可能です。

  2. 従業員の雇用維持とより良い活躍の場の提供 – M&Aによって事業を譲り渡すことで、会社を畳む場合と比べ従業員の雇用を守ることができます。特に黒字なのに後継者不在でやむなく廃業するような場合、第三者への譲渡は従業員の雇用継続に繋がる有効策です​。買収後、従業員は新オーナーの下で従来と同等の条件で働き続けるケースが一般的であり​、むしろ大手グループの傘下に入ることで福利厚生や雇用環境が改善する可能性もあります​。さらに大企業グループの一員となれば、これまで出来なかった人材育成や多様なキャリア機会が提供され、社員のモチベーション向上にもつながり得ます​。

  3. 後継者問題の解決 – 親族や社員に後継者が見つからない場合でも、M&Aによる第三者承継で事業を存続できます。近年は少子高齢化と価値観の変化により親族内承継が減少し、親族外(第三者)への承継が増加しています​。実際、親族内承継の割合は現在約3分の1まで低下し、残りは社内昇格やM&Aによる外部承継が占めるようになっています​。業績好調で意欲ある企業に事業を託すことで、廃業せずに会社を存続させられる点は大きなメリットです​。日本経済全体でも、中小企業の廃業増加は雇用喪失など悪影響が大きいため、第三者承継の重要性が高まっています。

  4. 事業の継続と発展(経営基盤の強化) – M&Aは会社を手放すだけではなく、自社事業の継続や拡大にも繋がります​。例えば買い手企業のグループ子会社となれば、買い手から資金やノウハウの支援を受けつつ事業を続けられます​。単独ではできなかった設備投資や人材採用も、グループのバックアップで実現しやすくなるでしょう。また、赤字部門があればその部分だけを事業譲渡して切り離し、主力事業に経営資源を集中することで会社全体の再建を図ることも可能です​。このようにM&Aは「会社を畳む」のではなく会社を次のステージに進める選択肢にもなり得るのです。

買い手企業側のメリット

 一方、買い手(企業を買収する側)にとってM&Aを行う主なメリットは次のようなものです。

  1. 既存事業の拡大・効率化 – M&Aでは相手企業の有形無形の資産(設備、不動産、技術、取引先ネットワークなど)を一挙に取り込むことができます​。これにより、自社だけでは達成に時間のかかる事業規模の拡大業務の効率化を短期間で実現可能です​。例えば相手企業の顧客基盤を獲得すれば売上拡大が期待できますし、規模拡大によって仕入交渉力が増しコスト削減も見込めます​。またノウハウや技術、人材といった無形資産を獲得することで、自社の弱みを補完し強みを伸ばすこともできます​。このようにM&Aは既存事業を強化・成長させる有力な手段となります。

  2. 新規事業への参入・事業の多角化 – 自社でゼロから新規事業を立ち上げる代わりに、既に実績のある他社を買収することで短期間に新分野へ参入できます​。これにより新事業立ち上げの時間とコスト、そして失敗リスクを大幅に削減できるのがメリットです​。例えば成長分野の企業を買収すれば、その事業の人材やノウハウを即座に手に入れられ、スピーディーな展開が可能となります​。また事業の多角化によって収益源を複数持つことは、経営の安定化にも繋がります​。M&Aは自社の事業ポートフォリオを拡充し、強みを伸ばし弱みを補う経営戦略として有効です​。

  3. 市場シェア拡大と競争力強化 – 同業他社の買収は、市場占有率(マーケットシェア)の拡大に直結します。業界内でのシェアアップは価格決定力の向上やスケールメリットの獲得をもたらし、競争優位性を高めます。また関連分野の企業を取り込むことで、新規顧客層の獲得や製品ラインナップ拡充が図れ、総合力で競合に差を付けることもできます。さらに、買収によって得たブランドや知的財産を自社のものとすることで、自社ブランドの強化にも繋がります。実際、買い手企業のM&A目的として最も多いのは「市場シェアの拡大」であり、次いで「人材や販売先の共有」「技術ノウハウの獲得」などが挙げられています。

  4. スピード経営の実現 – M&Aは時間を買う手段とも言われます。自前で一から積み上げるには何年も要する市場参入や規模拡大を、買収により一気に実現できるからです。特に技術革新や市場変化のスピードが速い現代では、俊敏に手を打てるかどうかが成否を分けます。M&Aにより即戦力となる事業や製品ラインを獲得できれば、機会損失を防ぎ他社に先駆けた展開が可能になります。また海外市場への進出も、現地企業の買収によって迅速に足場を築けます​。このように、M&Aは経営スピードを飛躍的に上げる選択肢となりえます。

 以上が買い手側の主なメリットです。要約すれば「自社の成長加速」と「競争力の強化」がM&Aによって期待できると言えるでしょう


3. M&Aのデメリット・リスク(買い手・売り手視点)

多くのメリットがある一方で、M&Aには当然リスクやデメリットも存在します。こちらも買い手・売り手の立場ごとにどのような注意点があるか確認しておきましょう​。

売り手企業側のデメリット・注意点

 中小企業オーナーが事業売却を検討する際、以下のような注意すべきポイントがあります​。

  1. 希望通りの条件・買い手が見つからない可能性 – M&Aを進めれば必ずしも理想の相手に巡り会えるとは限りません​。業績や市場環境によっては買い手探し自体が難航するケースもあります​。特に経営が厳しい企業ほど買収候補は限られ、時間や費用をかけても最終的に成約に至らないリスクがあります​。また買い手が見つかって交渉に入っても、自分の期待する売却価格で成立するとは限らない点にも注意が必要です​。買い手は将来性や収益性を見込んで価格を決めるため、業績によっては提示額が希望を下回る可能性もあります​。このギャップを埋めるには、事前に業績や企業価値を高めておく努力が重要となります。

  2. 取引先との関係悪化・契約解除リスク – M&Aによってオーナーや会社体制が変わることで、顧客や取引先との関係性に影響が出る場合があります​。契約上、経営権の移動(Change of Control)が発生した際に取引停止や契約解除を認める条項(COC条項)があることも少なくありません​。したがって主要取引先との契約書を事前に確認し、必要に応じて相手先への説明や承諾を得る準備が必要です​。実際にM&A後、取引条件の見直しや取引停止に至るケースも考えられるため、関係維持策について早めに検討しておくことが望ましいでしょう​。

  3. 従業員の雇用条件・労働環境が変わる可能性 – 従業員の雇用は守られても、M&Aの手法によっては雇用条件の変更が起こり得ます​。例えば「事業譲渡」の場合、従業員との雇用契約は一度終了し、買い手企業と改めて再契約を結ぶ必要があります​。その際、給与や待遇が現状より不利に変更されるリスクもゼロではありません。優秀な人材の流出を防ぐには、単に雇用を継続させるだけでなく待遇面も維持・改善できるよう交渉することが重要です。また企業文化の違いによるミスマッチも起こり得るため、従業員の不安に寄り添った対応やPMI(後述)の専門家活用も検討しましょう​。

  4. 企業文化・経営方針のミスマッチ – 買い手企業との文化や方針の違いは、統合後の組織運営に影響します。社内制度や仕事の進め方、意思決定プロセスなどが食い違うと、従業員の不満や混乱を招く恐れがあります​。これを避けるには、無理に自社流に染めようとしないことが肝心です(PMIのポイントでも解説します)​。時間をかけて双方の良い部分を活かす統合を目指すことが、円滑な組織再編に繋がります。

以上が売り手側の主なリスクです。要約すると「買い手探しと条件面の不確実性」「取引先や従業員への影響」「企業文化の違い」といった点に注意が必要だと言えるでしょう​。

買い手企業側のデメリット・注意点

買収を検討する買い手企業にとっても、以下のようなリスクや課題があります​。

  1. コスト・時間の負担増大 – M&Aの実行には多大な資金と時間を要します。当然ながら買収資金として大きな投資が必要ですし、専門家の助言費用やデューデリジェンス(監査)費用も発生します。さらに検討開始から最終契約まで、一般的に半年から2年程度と長期間を要するケースが多いです。その後の統合作業(PMI)にも1年前後かかるのが通常で、経営陣・社員の労力も相当取られる長期戦となります。これだけのコストと時間を投下しても、必ずしも成功する保証はありません。万一途中で交渉決裂したり、買収後に想定した成果が出なければ、投入リソースが無駄になるリスクもあります。

  2. 短期的にシナジー効果が出にくい – 買収すればすぐに成果が上がるわけではなく、相乗効果(シナジー)の発現には時間がかかるのが通常です。異なる歴史や社風を持つ企業同士が一朝一夕で融合し、成果を出すことはほとんどありません。むしろ買収後からが本番とも言われ、期待した効果を得るには中長期的な取り組みが必要です。短期で結果を焦りすぎると統合作業が雑になり、逆に組織が混乱して失敗する恐れがあります。したがって、「投資回収を急がず中長期視点で臨む」ことが重要な心構えです。

  3. 組織統合の難しさ(PMIリスク) – M&A後の組織再編・統合(PMI)は、想像以上にスムーズに進まない場合があります。統合の進め方を誤ると、人事制度やITシステムの統合、業務プロセスの調整など様々な面でトラブルが生じます。また前述の企業文化の違いから従業員の抵抗感が出ることもあります。これらを円滑に進めるには、基本合意の段階から統合戦略を練っておくこと、必要に応じて外部のPMI専門家の力を借りることが大切です。統合プロセスを疎かにすると、最終的にシナジーを生み出せずM&A自体が失敗に終わるリスクがあります。

  4. 簿外債務や減損リスクの引き継ぎ簿外債務とは帳簿に表れていない負債のことで、買収後に予期せぬ債務が発覚する可能性もあります。中小企業では税務上の処理で簿外債務が生じているケースもあり、環境負債や訴訟リスクなど偶発債務も含め注意が必要です​。またのれん代の減損リスクも覚えておくべきです。買収時に計上する「のれん」(企業のブランド力やノウハウ等の無形価値)は、期待した収益が得られなければ後に減損処理(損失計上)しなければなりません。これらのリスクを最小化するには、事前の綿密なデューデリジェンス(財務・法務監査)を欠かさず行うことが重要です。

 以上が買い手側の主なデメリットです。一言で言えば、「時間・コストの投入に見合うリターンを得るのは容易ではない」という点に尽きるでしょう。だからこそ、次章で述べる慎重なプロセス管理リスクヘッジが欠かせないのです。


4. M&Aの基本的な流れと主要プロセス

続いて、M&Aがどのような手順で進むのかを把握しましょう。ここでは主に売り手企業の視点から、検討開始から成約(クロージング)までの一般的な流れを説明します。

 M&Aのプロセスは大きく3つのフェーズに分かれます。

  Ⅰ. 検討・準備フェーズ – 事前準備と方針策定の段階

  Ⅱ. 打診・交渉フェーズ – 相手探しと条件交渉の段階

  Ⅲ. 最終契約フェーズ – デューデリジェンスと契約締結の段階

 それでは各フェーズで何を行うか見ていきましょう。

Ⅰ. 検討・準備フェーズ

 まずはM&Aを検討開始する準備段階です。このフェーズで行う主な作業は以下のとおりです。

  • M&Aの相談・検討: 自社の経営課題や将来ビジョンを踏まえ、M&Aが解決策として適切かを検討します。事業承継や成長戦略の選択肢としてM&Aを採用すべきか、自社の目的を明確にすることが大切です。検討段階から専門家(M&Aアドバイザーなど)に相談するのも有効です。

  • 自社価値・課題の把握: 自社の財務状況や強み・弱みを洗い出します。たとえば独自の技術や顧客基盤といったアピールポイント、逆に簿外債務など将来トラブルになり得るリスク要素を正確に把握します。こうした自己分析を丁寧に行うことで、後の交渉がスムーズになります。

  • M&A仲介会社・アドバイザーの選定: M&Aを進めると決めたら、支援を依頼する専門家を選びます。多くの場合、中小企業ではM&A仲介会社が一連のプロセスをサポートしてくれます。他にもFA(ファイナンシャルアドバイザー)や銀行、士業事務所なども相談先になり得ますが、初めての場合はワンストップで進めてくれる仲介会社の利用がおすすめです。依頼先を決めたらアドバイザリー契約を締結し、本格的な売却プロジェクトがスタートします。信頼できる相棒となるアドバイザーを選ぶことが、長丁場のM&A成功の鍵となります。

 なお、この段階で機密保持契約(NDA)を結び、情報漏洩対策を講じるのが一般的です(仲介会社と契約する際や、候補先に情報開示する際など都度NDAを締結)。M&Aは極めてセンシティブな情報を扱うため、秘密厳守は基本中の基本です。

Ⅱ. 打診・交渉フェーズ

 準備が整ったら、具体的な相手探しと交渉に入ります​。このフェーズでの主なステップは以下です​。

  • 買い手候補の探索(打診): 仲介会社のネットワークやデータベース、マッチングプラットフォーム等を活用して買収候補先をリストアップします​。通常、売り手企業の概要を記した「ノンネームシート(匿名掲示用資料)」を作成し、それを見た買い手候補に関心を持ってもらう形で進みます​。最近ではインターネット上のM&Aマッチングサイトに登録して自ら探す方法もあります。また、FAに依頼して候補を紹介してもらう場合もあります​。いずれにせよ重要なのは、自社にとって最適な相手を見極めることです。自社の強みと相手のニーズが合致し、シナジーが見込める組み合わせが理想的なマッチングと言えます。

  • 初期打診と秘密保持: 興味を示した候補先には、まずノンネームシートを提示し、双方で秘密保持契約(NDA)を締結した上で詳細情報を開示します​。買い手候補には「企業概要書(インフォメモ)」など詳細資料を提供し、検討してもらいます​。売り手側は複数の候補に当たりつつも、情報漏洩リスクに最大限配慮し、打診先を限定して慎重に進めます。社内外に噂が広がると取引先や従業員に動揺を与えるため、クローズド(非公開)な環境で水面下に進めることが肝要です。

  • トップ面談と交渉: 書面上でお互い興味を持ったら、経営者同士の直接会談(トップ面談)を行います​。通常、候補が2~3社に絞られた段階で実施され、経営ビジョンや譲渡後の方針などについて率直に話し合います​。この場で信頼関係を築けるかが重要です。また、売り手に不利な情報(簿外債務やトラブル等)がある場合は、デューデリジェンスで露見する前にトップ面談時に伝えておく方が良いとされています​。相互理解が深まった段階で、買い手候補から条件提示・意向表明を受け、具体的な条件交渉に入ります。ここでは譲渡額だけでなく、従業員の処遇や譲渡範囲、スケジュールなども含め調整します​。

  • 基本合意の締結: 条件面で大筋合意に至ったら、基本合意契約(LOI)を締結します​。基本合意書は法的拘束力のない場合が多いですが、重要な前提条件(譲渡金額の目安や独占交渉権の付与など)が定められます​。特に売り手側から買い手に一定期間の独占交渉権を与えるのが一般的で、買い手はその代わり誠実に調査・交渉に臨む姿勢を示します。基本合意を結ぶことで、双方「この相手と最終契約に向けて進む」というコミットメントが固まります。

Ⅲ. 最終契約フェーズ

 最後に、詳細監査から最終契約締結・クロージングまでのフェーズです​。主な流れは次のとおりです​。

  • デューデリジェンス(買収監査): 基本合意後、買い手は売り手企業に対して本格的な調査を行います​。これをデューデリジェンス(DD)と呼び、一般に第三者の専門家チーム(会計士・弁護士・税理士など)を投入して実施します​。調査範囲は財務(帳簿や資産負債の精査)、法務(契約や権利関係の確認)、税務ビジネス(事業の将来性評価)など多岐にわたります​。中小企業の場合、現地訪問調査に数日、報告書作成に1~2週間程度かかるのが一般的です​。DDの結果判明した問題点やリスクを踏まえ、最終の譲渡対価や契約条件が再調整されます。※なお、DD項目は多岐に及ぶため、財務DD・法務DD・税務DDなど分野別にチェックリストを用いて行われます​。

  • 最終条件の調整: DDの結果に基づき、価格や契約条項の最終調整を行います​。例えば簿外債務が見つかればその分価格を減額する、環境対応が必要なら契約に補償条項を加える、といった交渉です。売り手としては不利な情報も隠さず早めに開示し、双方が納得できる解決策を話し合うことが重要です​。DD後に新たな問題が発覚すると最悪交渉決裂もあり得るため、迅速な情報共有と対応が求められます​。

  • 最終契約の締結(クロージング): 条件面で最終合意に至ったら、最終契約書を作成・締結します​。最終契約書(譲渡契約書)には譲渡対象や譲渡価額、支払方法、表明保証条項(売り手が事実を保証する条項)、違反時の補償や契約解除条件などが盛り込まれます​。基本合意書をたたき台にして作成されることが多いですが、こちらは法的拘束力を持つ正式契約なので細心の注意を払いましょう​。契約書調印と同時に取引実行(クロージング)となり、株式や事業の移転と対価支払いが行われます。

  • クロージング後の手続き: 成約後には各種事後処理が必要です​。例えば新体制に伴う臨時株主総会の開催や、登記の変更、取締役の交代手続きなど法定手続きを行います​。また社内外への情報開示もこのタイミングで行われます​。M&Aは基本的に締結まで極秘で進めるため、クロージング直後に一斉に関係者へ発表するケースが一般的です​。なお、社内開示の際には未公開情報が社員に伝わるためインサイダー取引のリスクも生じます​。そのため開示のタイミングや方法については事前に綿密に計画しておく必要があります​。

  • PMI(統合プロセス): クロージングがゴールではなく、真のスタートとも言えます。買収後のPMI(Post Merger Integration)すなわち組織・事業統合フェーズに入ります​。PMIでは主に(1)経営理念や方針のすり合わせ(経営統合)、(2)従業員や取引先との信頼関係構築、(3)業務システムや人事制度の統合、の三つが重要と言われます​。M&Aで期待したシナジー効果は、このPMIを成功させて初めて現実のものとなります。したがってM&A成立はゴールではなく新たな出発点と捉え、統合計画をしっかり実行することが肝要です​。特に人材流出の防止や企業文化の融合に注力し、必要に応じてPMI専門のコンサルタントの支援を受けると良いでしょう​。

 以上がM&Aの一連の流れです。中小企業の場合、親族内承継と異なり第三者との複雑な交渉プロセスが伴いますが、一つ一つ専門家の力を借りながら進めれば決して乗り越えられないものではありません。重要なのは「準備8割、交渉・契約2割」とも言えるように、事前準備と相手選びに注力することです​。


5. M&A市場の動向と最新統計データ

近年、中小企業によるM&Aが増加し、年間4,000件規模で推移している。

 近年、日本におけるM&A件数は増加傾向にあります。上のグラフが示すとおり、2000年代初頭は年間1,500~2,000件台だった件数が、2010年代後半から右肩上がりに増え、2019年には4,000件を突破、2022年には約4,300件と過去最高水準に達しました。2023年は一時的に若干減少したものの依然高水準で推移しており、M&Aは日本企業にとってますます身近な選択肢となっています。

 この背景には主に2つの要因があります​。一つは前述した中小企業の後継者不在・経営者の高齢化問題です。帝国データバンクの調査(2023年)によれば、社長の平均年齢は年々上昇し60代後半に達しており、親族や社内に後継者がいないため高齢となった社長が廃業を余儀なくされるケースが増えています​。実際、日本企業の99%を占める中小企業でこの問題が深刻化しており、事業承継を目的とするM&A(第三者承継)が急増しています​。国も中小企業の事業承継支援を強化しており、M&Aが地域経済のインフラや雇用を守る手段として期待されています。

 もう一つの要因は企業の積極的な成長戦略としてM&Aが認知され始めたことです。国内市場の縮小や競争激化を背景に、自社の存続と成長を賭けて他社との統合・買収に踏み切る企業が増えています​。特に2010年代後半以降、大企業だけでなく中堅・中小企業も人材確保や技術獲得、新規顧客開拓の手段としてM&Aを活用する例が目立ってきました。たとえば地方の老舗企業がデジタル技術を持つスタートアップを買収して新規事業に乗り出す、といった異業種M&Aも珍しくありません。海外M&Aも活発化しており、国内需要の伸び悩みを補うべく海外企業を買収する動きも見られます​。

 さらに市場環境として、近年はM&A仲介会社の台頭により、中小企業でも手軽に相手を探せるプラットフォームが整備されたことも件数増加に寄与しています。M&A支援サービスが各地に拡がり、情報の流通量自体が増えたことで成約件数が押し上げられている面もあります。総じて、日本のM&A市場は「事業承継型M&A」と「成長戦略型M&A」の両輪で拡大していると言えます。中小企業白書(2024年版)でも、M&Aの増加が後継者不在問題の改善に一定の効果を上げていると分析されています。親族内承継が減る一方、内部昇格やM&Aによる第三者承継が増えており、もはや中小企業にとってM&Aは特別なことではなく現実的な選択肢となってきました​。

 今後もこの傾向は続くと予想されます。団塊世代社長の引退ピークが2030年前後に控えていること、中小企業の廃業増加を食い止める国策が進んでいること、そして経営環境の変化に機敏に対応するためのM&A需要が高まっていることが理由です。「2025年問題」(中小企業の経営者年齢ピーク)という言葉もある通り、ここ数年が事業承継M&Aの大きな波となるでしょう。その波に乗り遅れないよう、中小企業経営者は早め早めに備えておく必要があります。


6. 中小企業におけるM&A活用事例と注意点

では実際に、中小企業がM&Aを活用するケースにはどのようなものがあるでしょうか。その具体例と、実務上の注意点を確認します。

中小企業のM&A活用事例

 事例1: 後継者不在の老舗メーカーが業界大手に事業承継
 地方で50年続く老舗製造業A社は社長が高齢で後継者がいませんでした。業績は堅調な黒字で技術力も高いものの、このままでは廃業せざるを得ない状況。そこでA社は業界大手B社に事業を譲渡(株式譲渡)する決断をしました。B社はA社のブランドと職人技術を高く評価し買収。結果、A社はB社の子会社として社名と事業を継続し、従業員の雇用も全員確保。社長は創業者利潤を得て引退し、A社の製品はB社の販売網で全国展開されるようになりました。このケースでは後継者問題をM&Aで解決し、事業存続と発展を両立できた好例と言えます。

 事例2: 地場企業同士の統合で地域シェア拡大
 地域密着で営業するサービス業C社とD社は、互いに競合関係にありながら経営課題を抱えていました。そこで両社は話し合い、対等合併によって新会社を設立する道を選びました。合併後は店舗網や顧客基盤が倍増し、地域でのシェアが大幅に拡大。重複コストも削減でき、経営効率も向上しました。一方で社員同士の企業文化の違いを乗り越えるためにPMIに注力し、外部コンサルの支援で統合研修を実施。結果、従業員の離職もほとんどなく順調に統合が進みました。この事例は、同業同士の友好的M&Aにより競争力を強化した成功例です。

 事例3: 中小企業がスタートアップを買収し新規事業参入
 老舗商社E社(年商100億規模)は、IT分野への進出を模索していました。自社開発では間に合わないと判断し、革新的なソフトウェアを持つベンチャーF社(年商1億未満)を買収(株式取得)することに。F社の創業者は大企業の傘下で事業を拡大できるメリットを感じ合意しました。買収後、F社創業者はE社の役員に迎えられ、引き続き事業をリード。E社は短期間でIT事業を自社グループ内に立ち上げることができ、売上高の多角化に成功しました。これは中小企業によるベンチャーM&Aの例で、お互いのニーズが合致しウィンウィンとなったケースと言えるでしょう(買い手は新事業獲得、売り手は成長資金と支援獲得)。

 以上のように、中小企業のM&Aは事業承継型から成長戦略型まで様々な形があります。ポイントは双方の課題をM&Aで解決し合う形になっていることです。単に大企業が中小企業を呑み込むという構図だけでなく、中小企業同士がお互いの足りない部分を補完し合ったり、中小企業が自社より小さい企業を買収するケースも増えています。

中小企業M&Aの実務上の注意点

 中小企業がM&Aを進める際、特に注意しておきたいポイントをまとめます。

  • 早めの準備と情報開示: 前章でも触れましたが、手遅れになる前に動くことが肝心です。業績が悪化してからでは買い手も付きにくく、価格交渉でも不利になります​。できれば黒字のうちに、後継者問題が顕在化する前に準備を始めましょう。また、自社の弱点(簿外債務や法的課題)は隠さず開示する勇気も必要です。後から発覚すると信用を損ない交渉破談の恐れがあるため、誠実な情報開示で信頼関係を築くことが重要です。

  • 第三者の専門家を積極活用: 中小企業の場合、社内にM&Aの専門知識はまずありません。だからこそ仲介会社や各種専門家の力を借りるべきです​。公正な立場でアドバイスしてもらい、適切な相手探しから契約交渉まで導いてもらうことで、初めてでも安心して進められます。費用を惜しんで独力で進めようとすると、相手との力量差で不利な契約を結んでしまうリスクもあります。信頼できるプロと二人三脚で進めるのが成功の近道です。

  • ステークホルダーへの配慮: M&Aを進める際は、関係者への影響に配慮しましょう。特に従業員と主要取引先です。従業員には可能な限り雇用や待遇が維持されるよう交渉し、買い手にも理解を求めます。事前に従業員代表の意見を聞いておくのも有効です。また取引先には、正式発表時に経営が安定する旨や今後の方針を丁寧に説明し、不安を取り除く努力が必要です。M&A後に取引を打ち切られては元も子もありません。「人」と「取引」の承継が円滑にいくよう、きめ細かなコミュニケーション計画を立てましょう。

  • 法務・税務面の確認: 中小企業M&Aでは契約実務も重要です。契約書の表明保証条項で何を保証すべきか、競業避止義務を課すか、税負担はどう分担するか等、専門的な論点が多数あります​。弁護士や税理士のチェックを受け、後から訴訟になったり想定外の税金が発生しないよう詰めておきましょう。特に株式譲渡の場合、売り手オーナー個人に多額の譲渡益課税(キャピタルゲイン課税)がかかります。事前に税理士と節税策(役員退職金の活用等)を検討することをおすすめします。

  • 感情面の整理: 最後に見落とせないのが経営者の心理面です。自分の会社を手放すことに抵抗や葛藤を感じるのは当然ですが、決断したら迷いを引きずらないことも大切です。交渉途中で気持ちが揺れて態度がぶれると、相手にも不信感を与えかねません。家族や社内の理解も含め、事前に腹を括ることが成功への第一歩です。幸い近年は「会社を譲るのは恥ではなく次へのバトンタッチ」という認識が広がってきました​。実際、譲渡後に新たな人生を充実させている経営者も多くいます​。ポジティブに捉え、プロセスに臨みましょう。

 以上の点に注意すれば、中小企業のM&Aは決して怖いものではありません。むしろ会社と社員を未来に繋ぐ有効な手段です。次章では、そうしたM&Aを成功させるためのポイントをさらに掘り下げます。


7. M&Aのに関するよくある誤解とその真実

M&Aには様々な誤解やイメージがつきまといがちです。ここでは中小企業経営者が陥りやすい代表的な誤解を取り上げ、その実態を解説します。

  • 誤解1: 「M&Aは大企業がやるもので、中小企業には関係ない」
    真実: 近年のM&A件数の多くは中小企業が占めています。実際、日本の企業の99%は中小企業であり、その中で後継者難や成長戦略のためにM&Aを活用する例が増えています​。中小企業庁など公的機関も第三者承継としてM&Aを推奨しており、中小企業こそM&Aが有効と言える状況です。何も特殊な大企業の話ではありません。

  • 誤解2: 「会社を売るなんて裏切り行為では?社員や先代に申し訳ない」
    真実: 会社を存続・発展させるための次なる選択と考えてください。むしろ後継者不在で廃業すれば社員も職を失い、取引先にも迷惑がかかります。第三者への譲渡によって事業が続けば社員の雇用も守られ、取引先も安心できます​。創業者や先代が築いた事業を絶やさず未来に繋ぐ手段として、M&Aは有力です。実際に譲渡を経験した経営者からは「会社を残せてホッとした」「従業員やお客様に責任を果たせた」という声も多く聞かれます。

  • 誤解3: 「M&Aをしたら自分や社員はクビにされるのでは?」
    真実: 多くの場合、経営者や社員の継続雇用は維持されます。買い手企業にとっても優秀な人材や現場のノウハウは貴重な資産なので、むしろ積極的に残そうとします。特に中小企業M&Aでは「社員の雇用を守ること」が譲渡の条件になることがほとんどです​。また買い手側も円滑な引き継ぎのために旧経営者に一定期間残ってもらうケースが一般的です(顧問や取締役として)。もちろん100%保障されるわけではありませんが、雇用維持は交渉次第で十分可能ですし、売り手が強く望めば契約条項に盛り込むこともできます。

  • 誤解4: 「M&A=乗っ取り・ハゲタカのイメージがある」
    真実: 1990年代に不良債権処理で外資ファンドが日本企業を買収した頃、「ハゲタカ」などネガティブな報道がありました​。しかし現在の中小企業M&Aはそのようなものではありません。友好的な合併や事業承継型の買収が大半であり、双方合意の上でWIN-WINを目指すのが通常です。買い叩かれて会社が食い物にされるような事例はごく少数であり、法制度や市場も整備された今、適切なプロセスを踏めば過度に心配する必要はありません。

  • 誤解5: 「会社を売ったら全て失う。自社の社名やブランドも消えてしまう?」
    真実: M&A後も会社や事業が存続するケースは多いです。買い手によっては社名変更せずそのブランドを活かして運営してくれることもありますし​、一部事業だけ譲渡して残りは自社に残すこともできます​。また合併で新社名を作る場合でも、自社の歴史や強みは新会社に引き継がれます。要は形が変わるだけで、「無くなる」わけではありません。経営権は手放すことになりますが、会社の理念やブランドを次世代に継承できると考えれば、前向きな決断と言えるでしょう。

 以上のように、M&Aに対する誤解の多くは「実態を知らないこと」に起因します。正しい知識を持てば、不安やネガティブイメージはかなり解消されるはずです。本記事で述べてきた通り、M&Aは会社と社員を守り、事業をより良くするための選択肢なのです。


8. M&Aを成功させるための重要ポイント

最後に、M&Aを成功させるために押さえておきたいポイントをまとめます。以下の点を意識することで、失敗リスクを下げ円滑な成約・統合へと導くことができます​。

最適な相手を見極める「マッチング」

 M&A成功のカギは何と言っても相手選びです​。自社に最も適した買い手・売り手を見つけ出すため、まず自社の強み・弱み、譲れない条件を整理しましょう​。その上でシナジー効果が期待でき、自社の戦略にマッチした相手かどうかを見極めます​。一般に「良いマッチング相手」の条件として以下の2点が挙げられます​。

  • シナジー効果が発現しやすい関係 – 製品やサービス、技術、人材などで補完関係にあり、組み合わせることでお互いにない価値を生み出せる相手。同業や関連業種の場合は特にシナジーを見込みやすいです。

  • 企業文化・価値観が近しい相手 – 両社の社風や経営理念があまりにかけ離れていると統合に時間がかかります。できるだけ考え方が似ている方が摩擦が少なく、融合しやすいでしょう。

 仲介会社の力も借りつつ、妥協せず複数の候補を比較検討することが成功への第一歩です。相手選びに時間をかける価値は十分あります。

条件交渉とプロセス管理

 良い相手が見つかっても、契約条件次第では本来の目的を果たせなくなります​。そのため交渉では以下のポイントを意識しましょう​。

  • 対等な立場で交渉する: 買い手・売り手どちらか一方が立場上優位になりすぎないよう注意します​。特に中小企業オーナーは遠慮しがちですが、自社の大事な事業を託すのですから対等なパートナーとして臨みましょう。お互いwin-winを目指す姿勢が大切です。

  • 目的のすり合わせ: M&Aの目的や譲渡後のビジョンについて、双方で十分に話し合い共通認識を持つこと。買収後に「思っていた話と違う」とならないよう、将来像やシナジー創出策まで踏み込んで合意しておきます​。

  • リスクの洗い出しと対策: できるだけ早期に潜在リスクを洗い出し、契約条項や価格に反映させます。専門家の助言も仰ぎ、許容できる範囲にリスクを抑えられるよう協議しましょう​。表明保証やエスローク(一定期間の代金預託)など契約上の工夫も検討します。

 またプロセス全般では、スケジュール管理関係者間の調整も重要です。特にデューデリジェンスや契約準備は想定以上に時間がかかるため、タイトすぎる日程は禁物です。相手のペースも尊重しつつ、適宜締切を設定して遅延を防ぐよう進めましょう。仲介担当者と密に連絡を取り合い、状況を把握しておくことも大切です。

PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)の徹底

 契約が終わった後、PMI(統合プロセス)をおろそかにするとシナジー効果を十分得られません。主に買い手企業側の課題になりますが、統合段階で以下の点を意識しましょう​。

  • 自社のやり方を一方的に押し付けない: 統合後、買収先に自社ルールを無理に強制すると反発を招きます。相手企業の良い部分は尊重し、徐々に融合を図る姿勢が必要です。「郷に入っては郷に従え」ではなく、お互い歩み寄る姿勢を持ちましょう。

  • 投資回収を焦らない: 買収費用を早く回収したいあまり、短期的な成果ばかり求めるのは禁物です​。統合には時間がかかると割り切り、中長期的に事業価値を高める視点でPMI計画を進めます。「急がば回れ」の精神が結局は成功への近道となります。

  • 「干渉しない=放置しない」: 相手に任せるべきところは任せる一方で、必要なサポートは惜しまないことも重要です。遠慮して口を出さなすぎると、支援が足りず相手が困る場合もあります。相手を尊重しつつ、困った時にはすぐ助ける姿勢で臨みましょう。これは「気遣いという名の放任をしない」とも表現されます​。

 以上3点は、PMIのポイントでもあります​。要は人と文化の統合に焦点を当て、丁寧にコミュニケーションを図ることが肝心です。必要なら外部のPMI専門家を招いてプロジェクトを回すのも有効です。最後まで気を抜かず統合をやり遂げてこそ、M&A成功と言えるでしょう。


9. M&Aアドバイザー・仲介会社の選び方

M&Aを検討する際は、適切な相談先(アドバイザー)を見つけることが成功の鍵となります​。ここでは代表的な相談先の種類と、その選び方のポイントを解説します​。

主なM&Aの相談先タイプ

  • M&A仲介会社(M&A専門のコンサル会社): 譲渡企業と譲受企業の間に立ち、双方の仲介役として成約までサポートする業者です​。中堅・中小企業のM&Aでは最も一般的な相談先になります。案件のマッチングから企業評価、ノンネームシートや企業概要書の作成、基本合意・最終契約の支援まで、M&Aプロセス全般を一貫サポートしてくれます​。仲介会社は売り手・買り手の両者と契約し中立的立場で進める点が特徴です。選ぶ際は、手数料体系(後述)や得意業種・地域、PMI支援の有無、実績数などを比較し、自社に合った会社を選びましょう​。

  • FA(ファイナンシャル・アドバイザー): 証券会社のM&A部門や独立系アドバイザリーファームが提供するサービスで、契約した側(売り手か買い手どちらか一方)に立って助言業務を行います。仲介会社と異なり交渉の相手方とは契約を結ばず、自社側の利益最大化を図る点が特徴です​。ただし大手証券等は大型案件が中心で、一般に中小企業案件は取り扱わない傾向があります​。中小企業は現実的には仲介会社に依頼するケースがほとんどで、FAに頼むのは数十億円以上の大規模取引の場合が多いです。

  • M&Aマッチングサイト: オンライン上で売り手と買い手を結びつけるプラットフォームです。サイトに登録された譲渡案件情報を買い手が閲覧し、興味があればアプローチする仕組みです。仲介会社を介さない分、手数料が割安なメリットがあります​。ただし専任サポート担当者が付かないケースが多く、当事者同士で交渉を進める必要があります。初めてで不安な場合は専門家の支援が手薄になる点に注意が必要です。

  • 事業承継・引継ぎ支援センター: 国が全国に設置している公的な無料相談窓口です。各都道府県にあり、親族内承継から第三者承継(M&A)まで中小企業の事業承継全般に対応しています。基本相談や譲渡先の紹介を無料で行ってくれ、必要に応じて専門家(士業等)も紹介してくれます。まず情報収集や方向性の検討をしたい段階で利用すると良いでしょう。

  • 金融機関(銀行など): 地方銀行や信用金庫の中には、自行の顧客同士を引き合わせるM&Aマッチング支援を行っているところもあります。取引先企業の情報網を活かし、売り手・買い手候補を紹介してくれるケースがあります。また普段から企業の財務内容を把握しているため、M&A以外の選択肢も含めたアドバイスが可能という強みもあります。ただし銀行自身が仲介の全プロセスを担うわけではなく、あくまで紹介や助言が中心です。実務は提携する仲介会社に委託することも多いようです。

  • 士業事務所: 弁護士・公認会計士・税理士・中小企業診断士など、専門分野ごとのプロです。M&Aでは契約書チェックや財務デューデリジェンス、税務申告など士業の出番が多々あります。各場面で頼りになりますが、彼ら自身がマッチングを行うわけではありません。基本は仲介会社やFAと併用し、個別の論点について助言・支援を仰ぐ形になります。

 以上が主な相談先です。中小企業の場合、まず仲介会社に依頼するのが現実的かつ包括的な支援を受けられる道と言えるでしょう​。そこに士業専門家の助力を加えつつ進めるケースが多いです。

仲介会社・アドバイザー選定のポイント

 では実際に仲介会社等を選ぶ際、どんな点を比較すべきでしょうか。

  • 手数料体系の明確さ: 仲介会社の報酬は一般に成功報酬型(成約したら一定割合を支払う)ですが、着手金や月額報酬が別途かかる場合もあります。最近は着手金無料の会社も増えていますが、契約前に費用体系をしっかり確認しましょう。成功報酬額は取引金額に応じて料率が変わる「レーマン方式」で算出されるのが一般的です。例えば5億円の譲渡なら5%程度、1億円なら10%程度が目安です​。最低報酬額を設けている会社もあります。

  • 実績(件数・業種): その会社がこれまで手がけたM&A件数や、得意としている業界・規模感をチェックしましょう。自社の業種・地域での成約実績が豊富な会社なら、適切な買い手/売り手候補ネットワークを持っている可能性が高いです。ウェブサイト等で「成約事例」を公開している仲介会社も多いので参考になります。

  • 担当者の信頼性: 実際に相談してみて、担当者(アドバイザー)の人柄や知識、熱意を見極めましょう。長期間にわたり二人三脚で進めるパートナーですから、信頼できる人であることが大前提です。こちらの話を親身に聞いてくれるか、メリットだけでなくデメリットも率直に指摘してくれるか、といった点が判断材料です。複数社と面談して相性を比べてみるのも良いでしょう。

  • 得意分野の有無: 仲介会社によっては「製造業に強い」「ITベンチャーに強い」「病院・クリニック専門」等の特色があります。自社の業界に強い会社を選べば、より適切な助言やマッチングが期待できます。また海外案件や大型案件の場合は、大手仲介や外資系FAなど規模に見合ったところを選ぶ必要があります。

  • サービス範囲: 仲介会社によって提供サービスの範囲も異なります。例えば「PMI支援まで面倒を見る」「買収後の経営計画策定もサポートする」といった付加サービスがあるところもあります。逆に言えば、成約したらそこでサポート終了という会社もあります。自社がどこまでフォローしてほしいかによって、サービス内容を比較しましょう。

 以上を踏まえ、総合的に判断して自社にベストな相談相手を選びましょう。迷った場合は公的支援センターや知り合いの専門家に紹介してもらうのも一手です。納得できるパートナーさえ見つかれば、M&A成功の可能性は格段に高まります。


10. よくある質問(FAQ)

最後に、中小企業経営者の方から寄せられるM&Aに関する代表的な質問とその回答をQ&A形式でまとめます。

Q1. 中小企業でもM&Aは可能なのでしょうか?
A1. はい、むしろ中小企業の方がM&Aを必要としている状況です。近年の日本のM&A件数増加は大半が中小企業によるもので、事業承継や事業拡大の手段として一般化しつつあります。中小企業庁の支援センターや多くの仲介会社が中小企業案件を扱っていますので、規模が小さいからと尻込みする必要は全くありません。実際に数千万円規模から成約実績がありますし、個人が買い手となる小規模M&A(いわゆる「個人M&A」)も増えています。重要なのは会社規模よりも、譲り受け側にとって魅力的な事業かどうかです。小さくても強みのある会社であれば、必ず良い引き受け手が見つかります。

Q2. M&A成立までにはどれくらいの期間がかかりますか?
A2. 一般的に6か月~1年半程度とされています。案件の難易度によりますが、小規模でスムーズに進めば半年程、大型案件や調整事項が多い場合は1年以上要します。準備フェーズ(自己分析や資料作成)に1~3か月、相手探しに数か月、基本合意からデューデリジェンス・契約締結まで3~6か月といったスケジュール感です。さらに成約後の統合作業(PMI)に半年~1年ほどかけるケースもあります。もちろんケースバイケースですが、「短くても半年、長ければ2年近く」という認識でいてください。時間に余裕を持って早めに動き出すことが肝心です。

Q3. M&Aを依頼すると費用はいくらかかりますか?
A3. 費用は主に仲介手数料(成功報酬)です。金額は譲渡額に応じて変動し、目安として以下の「レーマン方式」によります​。

  • 譲渡額5億円超の部分 … 手数料率5%

  • 譲渡額1億~5億円の部分 … 手数料率7%

  • 譲渡額5000万~1億円の部分 … 手数料率10%

  • 譲渡額5000万円以下の部分 … 手数料率15% (多くの仲介会社でこのような階梯式の料率が設定されています)

 例えば譲渡額1億円なら約800~1000万円程度が成功報酬となります。これに加え、仲介会社によっては着手金や月額報酬がかかる場合があります​(無料の会社も増えています)。またデューデリジェンス費用(専門家に支払う調査費用)も数十万~数百万円かかります​。概算ですが、譲渡金額の10~15%前後を総コストの目安にすると良いでしょう。なお、成約に至らなければ成功報酬は発生しません(着手金や実費分を除く)。費用体系は事前によく確認し、納得した上で契約してください。

Q4. 従業員の雇用や待遇は守られるのでしょうか?
A4. 多くの場合守られます。特に譲渡側が中小企業の場合、社員の雇用維持は譲渡条件として掲げられることが一般的です​。買い手も円滑な事業引継ぎのために従業員の継続雇用を望むケースがほとんどです。ただし手法によって注意点があります。株式譲渡の場合、会社単位の譲渡なので雇用関係はそのまま引き継がれます(労働条件も原則不変)。一方、事業譲渡の場合、従業員との契約を一度切り、新会社と再契約する必要があります。その際に待遇変更のリスクがゼロではないため、買収契約で「従業員○名を現在と同条件で引き継ぐ」旨を明記したり、主要社員とは事前に合意を取っておくと安心です。総じて、雇用は交渉次第で十分守れる事項です。現にM&A後も従業員が継続雇用されるケースが大半ですので、必要以上に不安に思う必要はありません。

Q5. 親族内に後継者がいません。M&Aで本当に事業承継できますか?
A5. はい、第三者への事業承継策としてM&Aは非常に有効です。近年は親族に事業を継がせないケースが増え、親族外承継(M&A等)が主流になりつつあります。実際、後継者不在で廃業予定だった会社がM&Aで事業継続できた例は数多くあります(本記事の事例1など)。ポイントは、事業に魅力があれば必ず引き受けたい会社が存在するということです。たとえ小さな会社でも、他社から見て欲しい技術・商品・取引先・人材といった価値が必ずあります。それを評価してくれる相手を探し出せば、親族でなくとも事業をバトンタッチできます。現経営者は譲渡によって得た資金で悠々自適な引退生活を送ったり、新事業を始めることもできます。親族にこだわらず事業を次世代に繋ぐ手段として、M&Aは十分に現実的かつ有望な選択肢です。

Q6. M&A後の統合作業が不安です。何か良い方法はありますか?
A6. M&A後のPMI(統合マネジメント)は専門のコンサルタントを活用するのが一つの方法です。社内だけで進めると主観が入ったりノウハウ不足になりがちですが、第三者のPMI支援サービスを使えば体系立てて進められます。具体的には、組織風土診断を行い統合計画を策定してくれたり、人事制度やITシステムの統合プロジェクトをマネジメントしてくれたりします。また、統合委員会を社内横断で設置し、買収先と合同チームで毎週ミーティングするなどの手法も有効です。重要なのは「買って終わり」にせず、統合プロセスに経営トップもコミットすることです。経営者自ら両社の社員と対話しビジョンを共有する機会を持つなど、コミュニケーションにも力を入れてください。統合さえ乗り越えれば、その先にシナジー効果という果実が待っています。


11. M&Aの弊社グループ支援実績

M&Aの弊社支援実績を紹介します(開示可能な事例を抜粋)。

国分グループによるシンガポール食品卸売事業会社San Sesan Global社の株式取得に際して売手アドバイザーとして支援

 国分グループは、第11次長期経営計画において海外事業の「基幹」事業化を掲げており、アセアン事業はその柱の1つです。アセアンエリアにおける経済、物流、情報の中心であるシンガポールは、当社アセアン事業の中核地と位置付けています。現在、同国においては、アセアン統括会社であるKOKUBU Singapore社、食品卸売事業会社であるKOKUBU Commonwealth Trading、低温物流会社であるCommonwealth KOKUBU Logisticsが事業を展開しており、アセアン地域と日本をつなぐ食のネットワークの構築に向けた体制の強化を推進しています。今般、シンガポール卸売事業をより強固な体制にすることを目的に、San Sesan Global社の株式を取得致しました。
 シンガポールを始めとするアジア圏への海外進出やクロスボーダーM&Aを支援するコンサルティングファームであるGlobal Gateway Advisorsでは、本件における、 
San Sesan Gobal社側の売手アドバイザーとして、株式売却のアドバイス及び実行支援(クロスボーダーM&A支援)を提供しました。

 国分グループリリース:https://www.kokubu.co.jp/news/2024/detail/0805100000.html

 PR TIMES:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000139201.html


株式会社カナミックネットワークによるTHE WORLD MANAGEMENT PTE LTDの株式取得に際して売手アドバイザーとして支援

 カナミックネットワークグループは、今後の成長戦略としてM&Aを積極的に推進し、ヘルスケア分野、保険サービス分野、リアル店舗からITサービスまで、事業ポートフォリオの拡大を掲げており、このたび、主に販売管理や在庫管理、会計管理などのバックエンドシステム導入コンサルティングサービスを提供しているTWM社の株式を取得しました。TWM社のバックエンドシステムと、カナミックネットワークグループが保有するフロントエンドシステムの開発力を組み合わせることにより、TWM社の顧客をはじめとするシンガポールの企業に、総合的なITシステムを提供することが可能になります。また、シンガポールを拠点にASEAN諸国をはじめとした東南アジアへの展開も見込んでおり、今回のTWM社の株式取得は、カナミックネットワークグループの成長戦略『カナミックビジョン2030』の「Phase4:海外展開」への本格的な着手ともなります。

 シンガポールを始めとするアジア圏への海外進出やクロスボーダーM&Aを支援するコンサルティングファームであるGlobal Gateway Advisorsでは、本件における、THE WORLD MANAGEMENT PTE LTD社側の売手アドバイザーとして、株式売却のアドバイス及び実行支援(クロスボーダーM&A支援)を提供しました。

 カナミックネットワークリリース:https://ssl4.eir-parts.net/doc/3939/tdnet/2514343/00.pdf


ラバブルマーケティンググループの東南アジア地域でのクロスボーダーM&Aを包括的に支援

 日本国内においてSNSマーケティング事業を行っているラバブルマーケティンググループ、海外事業の立ち上げおよび拡大(クロスボーダーM&Aを含む)を成長戦略のひとつに掲げており、東南アジアに進出する企業のマーケティングの支援と東南アジアからのインバウンド需要の獲得を目的として2023年3月に、タイの現地法人であるDTK AD Co.,Ltd.の発行済み株式の49%を取得し、子会社化することを決定しました。
 シンガポールを始めとするアジア圏への海外進出やクロスボーダーM&Aを支援するコンサルティングファームであるGlobal Gateway Advisorsでは、本件における、
ラバブルマーケティンググループがDTK AD Co.,Ltd.を買収する際の包括的な実行支援を提供しました。

 ラバブルマーケティンググループリリース:https://lmg.co.jp/news/information_20230322/


NTTデータ先端技術株式会社と印・AlgoAnalytics社との資本業務提携を支援

 NTTデータ先端技術株式会社は、多数のデータサイエンティストを有し、機械学習技術をベースにAI全般を強みとするAlgoAnalytics Pvt. Ltd.と、先進技術領域における取り組みの拡大に向けた資本業務提携を行うことで2023年5月16日に合意しました。
 シンガポールを始めとするアジア圏への海外進出やクロスボーダーM&Aを支援するコンサルティングファームであるGlobal Gateway Advisorsでは、本件における、
両社の業務資本提携におけるアドバイス及び実行支援を提供しました。

 NTTデータ先端技術株式会社リリース:https://www.intellilink.co.jp/topics/news_release/2023/051600.aspx


結論

 以上、M&Aに関する基礎知識から実践ポイントまで詳しく解説してきました。皆様にとって、M&Aは事業を次世代につなぎ、更なる成長を遂げるチャンスでもあります。本記事の内容を踏まえ、自社の状況に合わせた最適な判断材料としていただければ幸いです。

 もし自社のM&Aについて相談したいことがあれば、ぜひ専門家へのお問い合わせを検討してください。早めの相談が成功への第一歩です。将来の事業承継や発展に向けて、ベストな道を一緒に見つけていきましょう。お問い合わせはお気軽にどうぞ(無料相談受付中です)。


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Yasuo Sekiguchi
is a Japanese Certified Public Accountant and the founder of Global Gateway Advisors, overseeing international operations while leading Global Partners Group Japan.


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Yuki Itakura
is a cross-border M&A advisor with extensive experience in international negotiation.


(注)上記記述は、その内容を弊社が保証するものではありません。詳細、最新情報は弊社までお問い合わせください。

監修:クロスボーダーM&Aアドバイザリー部門

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