クロスボーダーM&A 完全ガイド IT・AI業界編 【2025年版】

クロスボーダーM&A最前線、IT・AI業界のクロスボーダーM&A動向・案件情報を国別解説

【2025年版】

 クロスボーダーM&A件数は年々増加傾向にあり、特にIT・AI業界に注目が集まっています。また、IT・AI業界内にとどまらず異業種とのM&A事例も増加しているのが特徴です。現在、注目が集まっているIT・AI業界のクロスボーダーM&A動向・案件情報を弊社クロスボーダーM&Aアドバイザリー部門が国別に解説します。

 クロスボーダーM&Aの実施を検討されている方は是非とも参考にしてください。




1. クロスボーダーM&Aとは

 クロスボーダーM&A(Cross-border M&A)とは、国境を越えて行う合併や買収のことで、海外企業が関わるM&Aであり、クロスボーダーM&Aは、企業が国際市場において成長を追求し、競争力を強化するための戦略的手段です。ビジネスにおいては国際間の取引という意味となります。日本企業においては国内市場の成熟化や人口減少に伴う需要低迷が顕著であるため、海外への進出が不可避となっており、クロスボーダーM&Aを活用するケースが増加しています。クロスボーダーM&Aは企業がグローバル展開をする手段として注目されており、クロスボーダーM&Aを採用する理由として昨今多くなっているのは、時間を買うという目的が多いです。自社のみで、一から海外進出を検討した場合、クロスボーダーM&Aを行う場合と比較して、海外でビジネスをするための経験・ノウハウやオフィス準備、人材採用・人材確保などの時間を多く要することになり、スピード感をもったビジネス展開が難しくなります。よって、クロスボーダーM&Aにて、海外で既にビジネスを行っている企業を買収できれば、まさに時間を買うことが可能となり、スムーズな海外展開が可能となります。

 実際、近年の日本企業によるクロスボーダーM&A(In-Out型のクロスボーダーM&A)は増加傾向にあり、東南アジアの高成長市場や欧米先進国の先端技術取得を狙ったもので、2018年には取引件数および成約金額が過去最高に達しました。また、日本国内ですでに成熟しているマーケットも、海外では未開拓であることが多く、クロスボーダーM&Aを通じて競合他社が少ないブルーオーシャンでビジネスを行うというのは、クロスボーダーM&Aは戦略的に他社との優位性を確保できる優れた手法となります。

 さらに、クロスボーダーM&Aの認知度が高まるにつれ、大規模案件に注目が集まり、企業間競争が激化しています。代表的な事例として、ソフトバンクによる英国の半導体設計会社アームのクロスボーダーM&Aや、三菱UFJフィナンシャルグループによるタイのアユタヤ銀行のクロスボーダーM&Aが挙げられます。これらのクロスボーダーM&Aは、国内市場の縮小を背景に、新興市場の成長機会を活用するための手段とされています。


2. 各国のIT・AI関連のクロスボーダーM&A件数・金額

シンガポール

 東南アジア全体でもクロスボーダーM&A件数・総額でトップとなっており​、IT・AI分野でも最も活発な市場です。2024年には東南アジアのテクノロジー分野のクロスボーダーM&Aが合計184件・約111億ドルに達し、その中でIT・AI関連のデータセンターインフラ投資が大きな割合を占めました​。シンガポールではKKRによるSingtel系データセンター企業への13億ドル規模の出資が象徴的であり​、IT・AI需要を支えるインフラ取引が目立ちました。またシンガポール発のスタートアップ買収も複数発生しており、例えば生成AIを手掛けるシンガポールのスタートアップ Walnut がインド企業に約200万ドルで買収されています​。このようにシンガポールは件数・金額とも群を抜いて多く、域内外からの注目が集まっています。

インド

 人口規模に比例してIT・AI企業数も多く、資金調達額も比較的大きいことから、クロスボーダーM&A件数も東南アジア各国に比べて多いと考えられます。2024年、インドのIT・AIスタートアップへの出資額は約5.6億ドルに上り​、それに伴いスタートアップの吸収や統合も徐々に進んでいます。具体的なIT・AI関連買収例としては、ブロックチェーン型データ基盤企業VeriSmart社によるチャットボット企業Dolphin Chat社の買収(4百万ドル)や、eコマース支援企業GoKwik社による対話プラットフォームTellephant社の買収が2024年に挙げられています​。インドでは生成AIブームに乗りIT・AI系スタートアップ数が2023年から2024年にかけて約3.6倍に急増したとの報告もあり​、今後クロスボーダーM&A件数も増加が見込まれます。実際、専門家は「2024年にインドのIT・AIセクターは飛躍し、今後クロスボーダーM&Aが活発化する」と分析しています​。

インドネシア

 2024年に入ってテック業界の資金難「テックウィンター」を背景に、生き残りや資金確保の手段としてクロスボーダーM&Aが増えました​。2024年9月時点で19件・総額16億ドル相当のスタートアップによるクロスボーダーM&Aが報告されており、前年から111%も増加しています​。その中でIT・AI関連に目を向けると、大型案件は限られるものの象徴的な動きがありました。例えば、水産養殖ユニコーン企業eFisheryは2024年3月に国内AI企業DycodeX社を買収し、養殖管理にIT・AIを組み込む戦略を進めています​。またインドネシア企業が国外のIT・AI企業を取り込む例もあり、ジャカルタのIT企業Cettaは2024年5月にシンガポールのIT・AIスタートアップEAS.ai社を買収し、自社のIT・AI技術基盤を強化しました​。インドネシア最大級のテック取引として、TikTok(中国バイトダンス社)が2024年初めに同国のEC大手Tokopedia社の株式75%を取得する大型買収が成立し(取引額8億4千万ドル)​、海外資本による市場再編が注目されました。このTokopedia買収は形式上EC分野ですが、TikTokは高度なレコメンデーションAIをサービスに組み込んでおり、広義にはデジタル領域でのIT・AI関連企業買収とも言えます。インドネシアではこのように国内外で二桁規模のクロスボーダーM&Aが進みつつあり、金額面でも域内トップクラスの案件が発生しました。

マレーシア

 IT・AI分野のクロスボーダーM&A件数はまだ限定的ですが着実に存在しています。2024年にはマレーシア企業同士のIT・AI関連の国内M&Aとして、デジタル企業Catcha Digital社がSaaSとAIソリューションを提供するNexible Solutions社の株式51%を約256万ドルで取得しました​。また、マレーシアのIT・AI企業Ramssol Group社は2024年6月、タイの生成AIソフト企業Geekstart社の過半数株式(51%)を約693万リンギ(160万ドル強)で買収すると発表しています​。このように国内取引に加え他国企業の買収も見られる点が特徴です。Tracxnの調査によれば、2024年11月時点までにマレーシアのIT・AI企業で公式に確認された買収は1件のみですが​、上述のような取引が徐々に現れてきています。また金額面ではありませんが、マレーシアはIT・AI分野のハブ化に向けた投資が相次ぎましたので、クロスボーダーM&A以外の形でも資本が流入し、市場拡大につながっています。

タイ

 IT・AI関連クロスボーダーM&Aも限定的ながら発生しています。国内では大手財閥系スタートアップが台頭しており、その一つであるAmity社(CP財閥の一族が率いるソーシャル機能IT・AI企業)は2024年にシリーズBで6000万ドルの大型資金調達を実施しました​(資金調達であり買収ではないものの、同社は今後の買収の主体または対象になりうる注目企業です)。買収案件としては前述のGeekstart社のケースがあり、これはタイ発の生成AIソリューション企業をマレーシア企業が買収する例でした​。タイ国内の大企業によるIT・AI企業の取り込み事例は2024年には報じられていませんが、通信大手AISや企業グループがデジタル分野でクロスボーダーM&Aを進める中、IT・AIスタートアップとの提携強化が進んでいます。またタイ市場全体では、2024年に通信・メディア分野でGulf Energy社によるIntouch社(AISの親会社)とAIS本体の買収(63億バーツ規模)が話題となりました​。これ自体はAI企業買収ではありませんが、デジタル経済再編の一環であり、今後AISなどがIT・AI技術企業を傘下に入れる可能性も指摘されています。

ベトナム

 世界的な大手による注目すべきIT・AI関連買収が相次ぎました。2024年末から2025年初頭にかけて、米Qualcomm社がハノイ拠点のIT・AI研究スタートアップVinAI社の生成AI部門を買収し、自社のAI人材・技術力を強化しました​。VinAIはベトナム最大手コングロマリットVingroup傘下の企業で、画像認識や言語モデルなど生成AI技術を持ち、自動車向けソリューションなどに展開していた企業です​。買収額は非公開ながら、200名規模のAI研究チームがQualcommに加わるという大型買収でした。この直前には、米NVIDIA社が同じVingroup系の医療AI企業VinBrain社を買収しています​。VinBrainは医療画像診断AI「DrAid」を開発していたベトナムIT・AIスタートアップで、NVIDIAのインセプションプログラム出身でもありました​。NVIDIAは政府と提携し国内にAI人材育成・研究拠点を設立する計画も発表しており​、この買収はそのコミットメントの一環です。ベトナム国内の純粋な内資同士のIT・AIクロスボーダーM&Aはまだ目立ちませんが、海外テック大手による戦略的買収が連続した点で特筆されます。また、これと並行してVingroup自らも2024年10月に1億5000万ドル規模のスタートアップ投資ファンドを組成し、IT・AIや半導体、クラウド分野に投資する計画を発表しました​。全体の件数としては多くありませんが、質の面でベトナムは大きなトランザクションが実現した期間でした。

フィリピン

 IT・AI関連のクロスボーダーM&A件数は他国に比べて少なめですが、国内有力IT・AI企業の買収が一件ありました。フィリピン初のIT・AIスタートアップとして知られるSenti AI(自然言語処理・感情分析などのソリューション提供企業)が2024年12月、ITサービス企業Kollab社によって買収されています​。Senti AIはフィリピン語を含む多言語のチャットボットや分析エンジンで先駆的役割を果たしてきた企業であり、その買収はKollab社のAIファースト戦略の一環と報じられました​。金額は非公表ですが、フィリピン国内におけるIT・AIスタートアップ国内M&A事例として重要です。また、シンガポール拠点のBPO企業TDCX社がフィリピンのアウトソーシング企業Open Access BPO社を買収するなど​、間接的にIT・AI(主に生成AIによる業務自動化)に関係するサービス領域での買収も起きています。フィリピンではIT・AI分野のクロスボーダーM&Aはまだ黎明期ですが、スタートアップの資金調達額が2024年に前年比+67%(総額2億4500万ドル)と増加​しており、今後クロスボーダーM&A件数が増えていく下地が整いつつあります。


3. 政府の支援策と投資環境の違い

 各国政府・公的機関の政策スタンスや支援策も、IT・AI関連クロスボーダーM&Aに影響を与えています。

シンガポール

 シンガポール政府はIT・AIを国家戦略技術と位置づけ、官民連携でスタートアップ育成や企業のIT・AI導入を強力に後押ししています。代表例が国家AI戦略に基づく施策で、産業横断で「100日で100のAIソリューション創出」プログラムを成功させ、2024年にはGoogleとの提携でAIトレイルブレイザーズという生成AI実装プロジェクトを拡大しました。さらにIT・AIスタートアップ加速のため、Enterprise SingaporeとGoogleが協業したアクセラレータを立ち上げ、今後3年間で有望IT・AIスタートアップ100社の育成を目標としています​。政府系ファンド(EDBやTemasek系)による投資、規制サンドボックスの提供、AI倫理ガイドライン策定など多面的な支援により、シンガポールはIT・AI企業が事業展開・クロスボーダーM&Aしやすい投資環境を整えています。

インド

 インド政府も2024年にIT・AI分野への大型投資計画を打ち出しました。2024年3月、インド連邦内閣は「India AIミッション」に1兆372億ルピー(約124億ドル)の予算を承認し、官民パートナーシップでAIエコシステムを強化する方針を示しました​。この資金はIT・AI人材育成や研究拠点整備、産業へのAI導入促進に充てられ、インドをAI先端国とする狙いがあります。また政府は2023年には国家AIポータル(IndiaAI.gov)を開設し情報発信や企業支援を行い、2024年5月には生成AIのガバナンス指針となるフレームワークを公表するなど​、規制面の整備も進めています。こうした公的支援策はIT・AIスタートアップの創出と成長を促し、結果的にクロスボーダーM&Aによる業界再編を活発化させる下地となっています。

インドネシア

 インドネシア政府はデジタル経済の一環としてIT・AIを重視しており、2045年に先進国入りする「ゴールデン・インドネシア2045」ビジョンにIT・AI推進を盛り込んでいます​。2020年には「国家AI戦略(StratNas AI)」を策定し官庁横断の取り組みを開始しました。近年は外資誘致にも積極的で、マイクロソフト社がインドネシア政府と提携して2024年4月に今後4年間で17億ドル投資しクラウド&A​Iインフラを整備すると発表しており​、これは同国史上マイクロソフト最大の投資案件となりました​。この投資にはIT・AI人材の育成(4年間で84万人に訓練提供)も含まれ、政府も「単なる技術消費者でなく世界的サプライチェーンの一翼を担う存在になる」と協力を歓迎しています​。他にもインドネシアでは東南アジア有数のデジタル市場規模を背景に、官民連携でデジタル創業支援や規制緩和(例えば外資出資規制の一部緩和)が進められており​、結果的にクロスボーダーM&Aを含む投資活動をしやすい環境づくりが進んでいます。

マレーシア

 マレーシア政府は2024年、地域内で突出した大規模ハイテク投資の誘致に成功し、その支援策が注目を集めました。政府系ファンドのKhazanah Nasionalは「Dana Impak」に基づくFuture Malaysiaプログラムを開始し、スタートアップやVCへの協調投資に1億リンギ超を拠出​。さらに2024年7月には国営VCファンド2社(MAVCAPとPenjana Kapital)を統合買収してベンチャー投資機能を強化し​、9月には官民出資の1億リンギ規模ファンドオブファンズを設立するなど​、スタートアップ投資環境整備を進めました。加えてマレーシアは2024年に世界的IT企業から巨額投資を次々引き出しています。マイクロソフトは22億ドルを投じてクラウド・AIインフラ拡充と国家AIセンター設立、サイバー防御強化、人材育成(30万人規模)を行うと発表し​、グーグルも20億ドルで国内初のデータセンター開設とIT・AI関連サービス拡充を公表しました​。さらにオラクルはそれらを上回る65億ドル投資計画を明らかにしています​。政府はこうした投資を歓迎・支援しており、デジタル大臣や財務大臣が積極的に誘致を働きかけました。これらの投資環境の良さは、マレーシアを東南アジアの新興テックハブへ押し上げ、クロスボーダーM&Aを含む取引の活性化につながっています。

タイ

 タイ政府もIT・AI産業育成に取り組みを見せています。タイでは2023年に国家AI倫理ガイドラインを策定し、産学官でIT・AIの推進と倫理両立を図っています。また2024年には首相が訪米しNVIDIA社ジェンセン・フアンCEOと直接会談、「Sovereign Cloud(主権クラウド)」構想への協力を取り付けるなど​、国家規模でのIT・AIインフラ強化に動きました。政府系のイノベーション機関NIAも「タイStartup 2025動向」でIT・AIを重点分野に挙げ、2024〜27年で2,600億バーツ規模のデータセンター投資を呼び込む計画を示しています​。また教育面でもIT・AI人材育成プログラムを大学と連携して進めており、国内市場ではデジタル人材需要の高まりに対応し始めています。ただし他国に比べると政策の実行段階はこれからであり、AI企業への直接的な補助・ファンド出資などは限定的です。とはいえタイのデジタル省(DEPA)は5GやIoTと並びAIを重点支援分野と位置付けており、税制優遇や規制緩和を通じて関連企業の活動を支えています。総じて、タイ政府はトップダウンの大型プロジェクト誘致とボトムアップのスタートアップ支援を組み合わせ、将来的なAI分野の投資環境改善に努めています。

ベトナム

 ベトナム政府は極めて積極的な姿勢で、外国企業との提携と規制改革を推進しています。2021年に国家AI戦略(2030年までにASEANトップ3のIT・AI拠点国へ)を制定し、官民のIT・AI研究開発拠点の整備、教育課程へのIT・AI導入などを進めました。2024年には投資法改正で外資による出資比率制限を緩和し重要分野への参入障壁を下げるなど、クロスボーダーM&A含む外資誘致を加速しました。また前述のNVIDIA社とは2024年12月に覚書を締結し、ホーチミン市にグローバルでも3箇所目となる大規模AI研究所およびデータセンターを開設する計画を打ち出しています​。これにより国内IT・AI人材・研究基盤が飛躍的に拡充される見通しです。さらにNVIDIAは地元大手ITのFPT社と協力し2億ドル規模の「AI工場」をハノイに建設中(2024年11月第一期稼働)で​、3万人のIT・AI人材育成もセットで進められています​。政府は他にも韓国や日本企業とのIT・AI分野提携を積極推進しており、官民ファンド設立(例: VingroupのVCファンド)による国内スタートアップ支援も始まりました。ベトナムは社会主義国ながらオープンな投資政策で知られ、特にAIに関しては各国中でも最も戦略的・開放的な環境整備が行われていると言えます。

フィリピン

 フィリピン政府は2019年頃からIT・AIを重点技術に挙げ、2020年に国家AIロードマップ策定、2022年に東南アジア初のAI研究拠点(Center for AI Research, CAIR)を設立するなど布石を打ってきました​。これらにより官民でIT・AI活用を進める土壌ができつつあり、People Mattersによればフィリピンは「政府の後押し、スタートアップの革新性、産業への浸透によりIT・AI強国になりつつある」と評価されています​。政府はIT・AI人材育成にも力を入れ、IT-BPM産業従事者への再訓練や教育課程へのIT・AI導入を進めています。ただしAI企業への直接投資や資金的支援は限定的で、どちらかと言えば規制緩和と方針策定に重点があります。例えば外資規制の緩和(小売やインフラ分野での外資出資制限撤廃など)や、デジタル分野での起業促進法の整備などです​。またフィリピン経済区庁(PEZA)はAI企業誘致に積極的で、特区税制を利用した海外IT・AI企業の拠点誘致を行っています。こうした環境はまだ発展途上ですが、官民でIT・AIエコシステムを育てる方向性は明確であり、長期的にはクロスボーダーM&Aも増える素地となると予想されます。


4. 注目されたIT・AIスタートアップと技術領域

 各国で注目を集めたスタートアップや技術領域にも特徴が見られます。全体的に生成AI(Generative AI)が2024年のキートレンドとなり、対話型AIやコンテンツ生成AIへの関心が高まりました​。シンガポールでは生成AIを金融分野に応用するWalnut社が買収対象となったほか、政府主導でGenerative AIハッカソンやAIアクセラレータプログラムが実施されるなど、生成AIスタートアップ育成に力を入れています。また、シンガポール発で地域的に存在感のあるAI企業としては、B2B向けAIソリューションのDatumize社や、ビデオ解析AIのTAIGER社などが挙げられ、これらも将来的なクロスボーダーM&A候補として注目されています。

 東南アジア各国では、金融IT・AI・フィンテックIT・AIが横断的に重要分野でした。例えばフィンテックの盛んなインドネシアでは、与信審査や保険リスク分析にIT・AIを使うスタートアップが増えており、東南アジア有数のデジタル銀行/フィンテック市場を背景にデジタル金融分野のクロスボーダーM&A需要が高まっています​。インドでは多言語対応の生成AI対話AIプラットフォームが盛り上がりました。特に英語以外の言語も扱える大規模言語モデル(LLM)や、それを活用したカスタマーサービスIT・AIに投資が集まり、Dolphin Chat社やTellephant社のように大手企業に買収される例が出ています​。またAI SaaS(AIを組み込んだソフトウェアサービス)も活況で、インド企業が自社製品強化のために小規模IT・AIスタートアップを買収するケースが増えました。インド国内の著名AIスタートアップとしては、自動音声認識のSkit.aiや文書解析のIrregulars AIなどがあり、各社とも大型出資を受けるなど注目度が高まっています​。さらに医療IT・AI製造業向けIT・AIなど特定産業に特化した縦型AI(Vertical AI)も台頭しており、法務分野AIや創薬AIなどでの提携・買収の動きも見られます​。

 シンガポールやフィリピンでもデジタルバンク分野でIT・AI活用が進み、マレーシアでは2024年にIT・AI保険プラットフォームのスタートアップが立ち上がるなど、この領域は各国でホットトピックです。また自然言語処理(NLP)も注目領域で、フィリピンのSenti AIやタイのAmity(チャット向けIT・AI機能プラットフォーム)など、ローカル言語やコミュニケーションに特化したIT・AI企業が脚光を浴びました。加えて、データセンター・クラウド基盤も「IT・AI関連インフラ」として重要視されています。生成AIや大規模IT・AI処理には高性能なクラウド環境が不可欠なため、各国でデータセンター投資やクラウド事業買収が活発でした。東南アジアのテッククロスボーダーM&Aでは「IT・AIデータセンター基盤への注力」が顕著であったとされ​、特にシンガポールやマレーシアで巨額のデータセンター建設投資が決定しています。これらは厳密にはインフラ投資ですが、AI分野を支える基盤として広義のIT・AI関連クロスボーダーM&Aと位置付けられます。


5. 各国市場の成熟度と成長性の比較

 各国のIT・AI関連クロスボーダーM&A市場の成熟度と今後の成長性を総括します。

シンガポール

 東南アジアで最も成熟したIT・AI・テッククロスボーダーM&A市場です。スタートアップからユニコーン企業まで層が厚く、外国企業・投資家も集う国際ハブとして機能しています。政府の明確な支援策と安定した法制度により、企業価値評価も比較的高い水準で安定しており、エコシステムとして完成度が高いと言えます。2024年時点で件数・金額とも地域最大規模であり​、クロスボーダーM&A市場としては成熟段階にありますが、依然として成長余地もあります。生成AIの波や新興分野の勃興により引き続き高成長が期待されており、実際PwCは「シンガポールのデジタル・テックM&Aは今後も増加見込み」としています​。海外資本の誘引力も衰えず、成熟と成長を両立する局面にあります。

インド

 数としてはシンガポールを凌駕するポテンシャルを持ち、巨大かつ活発な市場です。ITサービス大国として培った人材・企業群がIT・AI分野にも参入しており、国内大企業がAIスタートアップを買収してイノベーションを取り込む動きや、米欧中企業がインドAI企業を買収する動きが交錯しています。市場の成熟度としては、シリコンバレー的なスタートアップ文化が根付きつつあるものの、企業統治や法制度の面で課題もあり完全には成熟していません。しかし政府の巨額投資と明確な意志により成長ドライバーは非常に強力で、業界全体が拡大フェーズにあります。専門家の予想通り​、2025年にかけてIT・AI関連クロスボーダーM&A、国内M&Aが飛躍的に増加する可能性が高く、成長性という点では7か国中トップクラスでしょう。特に国内マーケットが大きいため、他国と異なり内需型のIT・AIソリューション企業が多く、それが国内M&Aをさらに促進する構図です。インドは市場規模の大きさと成長率の高さで特筆され、今後も大型取引が出てくると見込まれます。

インドネシア

 潜在市場はインドに次ぐ規模で、若いデジタル人口と急速なIT化を背景に、IT・AI関連ビジネスの余地が大きい国です。ただし2024年時点では資金難の影響もあり、スタートアップの淘汰が進む局面でした。その結果としてのクロスボーダーM&A、国内M&A増加(テックウィンター下の救済・再編M&A)が見られ、市場再編の初期段階と言えます。成熟度はまだ低く、IT・AIスタートアップも少数ですが、一部ユニコーン企業がIT・AI分野に進出し始め、eFisheryのような例も出てきました。政府も2045年を見据えたデジタル化推進を行っており​、海外からの大型投資(Microsoftの17億ドルなど)​が入ったことでエコシステム強化が期待されます。成長性は非常に高いものの、スタートアップへの投資減退が長引けば成長が鈍化するリスクもあります。とはいえ人口規模・経済成長率から見て、長期的にはシンガポールに匹敵するクロスボーダーM&A市場に育つ可能性があり、現在はその過程にあります。市場整備と投資回復次第で一気に開花する段階と言えます。

マレーシア

 デジタル経済規模ではインドネシアやタイに劣る中堅市場ですが、2024年は政府の手厚い支援と外資誘致で大きく飛躍しました​。成熟度としてはエコシステムは発展途上で、優秀なIT・AIスタートアップも少数に留まります。しかし投資環境の良さから、国内外からの資金流入が増えており、それがクロスボーダーM&Aを含む取引活性化に繋がり始めた段階です。件数自体はまだ少ないものの、国策としてデジタル産業を育成しているため着実に案件は増える見込みです。特にクラウド・データセンター投資が集中したことで周辺産業が潤い、IT・AIスタートアップにも波及効果が期待されます。成長性は高めで、ASEAN内でシンガポールに次ぐ投資先として注目度が上がっています。もっとも、内需が小さい分グローバル展開前提のスタートアップが多く、将来的にそれらが海外企業に買収されるケースが増える可能性があります。マレーシア自身がハブになるには時間がかかるかもしれませんが、地域統合の中で存在感を増す市場と評価できます。

タイ

 経済規模は大きいものの、IT・AIスタートアップのエコシステムは萌芽期で、成熟度はまだ低いです。スタートアップ環境ランキングではASEAN4位​とされていますが、それでも世界54位程度であり、トップのシンガポールとの差は大きいです​。しかし逆に言えば潜在成長余地が大きく、政府の後押しと民間投資が噛み合えば成長性は高いでしょう。NVIDIAとの提携やデータセンター投資計画などプラス材料があり、2025年以降IT・AI関連企業も増える見通しです。現状ではクロスボーダーM&A事例は散発的ですが、タイの大企業(CPグループなど)がIT・AI企業に関心を示し始めており、近い将来いくつかの notable な買収が起きる可能性があります。市場文化的には外資を受け入れる土壌もあり、東南アジア第二の経済国として潜在力は十分です。中期的な成長性という点ではASEAN内で上位に位置付けられます。

ベトナム

 IT・AI人材の質が高く、政府支援も強力なため、急成長している新興市場です。2024年に立て続けに米大手による買収が起きたことで一躍注目されましたが、これらはベトナムのIT・AI技術力が国際水準であることの証と言えます。成熟度としてはエコシステム自体はまだ形成途中ですが、Vingroupのような国内大手がIT・AIスタートアップを育成・支援しており、政府もインフラと教育投資を大規模に行っています​。その結果、外資系から見た投資魅力が飛躍的に高まっている段階です。スタートアップ数は他国より少ないものの、質の高い企業が生まれており、NVIDIAの買収したVinBrainやQualcommが取り込んだVinAIのように、将来有望企業が出現しています​。成長性は極めて高く、StatistaによればベトナムのIT・AI市場規模は年率33%で成長し2030年には数十億ドルに達するとの予測もあります​。小市場ゆえに多くのスタートアップが早期に外資に買収されてしまう懸念もありますが、それ自体が活発なクロスボーダーM&A市場の裏返しです。これから本格的に市場が立ち上がる局面であり、成長性は7か国中トップクラスです。

フィリピン

 BPOなどITサービスは盛んですが、IT・AIスタートアップ分野ではこれから成長という段階です。成熟度は低く、国内VC資金も限られるため、有望企業は限られます。しかし政府のロードマップや潜在的経済効果の大きさ(GDP押し上げ試算)​から、将来的な成長期待はあります。現在のところクロスボーダーM&A事例はSenti AIなど数えるほどですが​、国内財閥や大手企業もDX戦略の中でIT・AI企業との提携を模索し始めています。例えば銀行がフィンテックAI企業に出資したり、コングロマリットがIT・AIチームを買収して内部化するといった動きが水面下で報じられています(具体社名非公開)。BPO産業が発達しているため、生成AIとの協業で新サービスを作る企業も出ており、そうした分野でのクロスボーダーM&Aが今後期待されます。成長性は未知数な面もありますが、東南アジア平均を上回る可能性を秘めています。ただし他国との競争や人材流出といった課題もあり、成長は緩やかなものとなるかもしれません。いずれにせよ、現時点では黎明期にあり、成熟には時間を要すると考えられます。


6. クロスボーダーM&Aの弊社支援実績

 クロスボーダーM&Aの弊社支援実績を紹介します(開示可能な事例を抜粋)。

株式会社カナミックネットワークによるTHE WORLD MANAGEMENT PTE LTDの株式取得に際して売手アドバイザーとして支援

 カナミックネットワークグループは、今後の成長戦略としてM&Aを積極的に推進し、ヘルスケア分野、保険サービス分野、リアル店舗からITサービスまで、事業ポートフォリオの拡大を掲げており、このたび、主に販売管理や在庫管理、会計管理などのバックエンドシステム導入コンサルティングサービスを提供しているTWM社の株式を取得しました。TWM社のバックエンドシステムと、カナミックネットワークグループが保有するフロントエンドシステムの開発力を組み合わせることにより、TWM社の顧客をはじめとするシンガポールの企業に、総合的なITシステムを提供することが可能になります。また、シンガポールを拠点にASEAN諸国をはじめとした東南アジアへの展開も見込んでおり、今回のTWM社の株式取得は、カナミックネットワークグループの成長戦略『カナミックビジョン2030』の「Phase4:海外展開」への本格的な着手ともなります。

 シンガポールを始めとするアジア圏への海外進出やクロスボーダーM&Aを支援するコンサルティングファームであるGlobal Gateway Advisorsでは、本件における、THE WORLD MANAGEMENT PTE LTD社側の売手アドバイザーとして、株式売却のアドバイス及び実行支援(クロスボーダーM&A支援)を提供しました。

 カナミックネットワークリリース:https://ssl4.eir-parts.net/doc/3939/tdnet/2514343/00.pdf


国分グループによるシンガポール食品卸売事業会社San Sesan Global社の株式取得に際して売手アドバイザーとして支援

 国分グループは、第11次長期経営計画において海外事業の「基幹」事業化を掲げており、アセアン事業はその柱の1つです。アセアンエリアにおける経済、物流、情報の中心であるシンガポールは、当社アセアン事業の中核地と位置付けています。現在、同国においては、アセアン統括会社であるKOKUBU Singapore社、食品卸売事業会社であるKOKUBU Commonwealth Trading、低温物流会社であるCommonwealth KOKUBU Logisticsが事業を展開しており、アセアン地域と日本をつなぐ食のネットワークの構築に向けた体制の強化を推進しています。今般、シンガポール卸売事業をより強固な体制にすることを目的に、San Sesan Global社の株式を取得致しました。
 シンガポールを始めとするアジア圏への海外進出やクロスボーダーM&Aを支援するコンサルティングファームであるGlobal Gateway Advisorsでは、本件における、 
San Sesan Gobal社側の売手アドバイザーとして、株式売却のアドバイス及び実行支援(クロスボーダーM&A支援)を提供しました。

 国分グループリリース:https://www.kokubu.co.jp/news/2024/detail/0805100000.html

 PR TIMES:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000139201.html


ラバブルマーケティンググループの東南アジア地域でのクロスボーダーM&Aを包括的に支援

 日本国内においてSNSマーケティング事業を行っているラバブルマーケティンググループ、海外事業の立ち上げおよび拡大(クロスボーダーM&Aを含む)を成長戦略のひとつに掲げており、東南アジアに進出する企業のマーケティングの支援と東南アジアからのインバウンド需要の獲得を目的として2023年3月に、タイの現地法人であるDTK AD Co.,Ltd.の発行済み株式の49%を取得し、子会社化することを決定しました。
 シンガポールを始めとするアジア圏への海外進出やクロスボーダーM&Aを支援するコンサルティングファームであるGlobal Gateway Advisorsでは、本件における、
ラバブルマーケティンググループがDTK AD Co.,Ltd.を買収する際の包括的な実行支援を提供しました。

 ラバブルマーケティンググループリリース:https://lmg.co.jp/news/information_20230322/


NTTデータ先端技術株式会社と印・AlgoAnalytics社との資本業務提携を支援

 NTTデータ先端技術株式会社は、多数のデータサイエンティストを有し、機械学習技術をベースにAI全般を強みとするAlgoAnalytics Pvt. Ltd.と、先進技術領域における取り組みの拡大に向けた資本業務提携を行うことで2023年5月16日に合意しました。
 シンガポールを始めとするアジア圏への海外進出やクロスボーダーM&Aを支援するコンサルティングファームであるGlobal Gateway Advisorsでは、本件における、
両社の業務資本提携におけるアドバイス及び実行支援を提供しました。

 NTTデータ先端技術株式会社リリース:https://www.intellilink.co.jp/topics/news_release/2023/051600.aspx


結論

 2024年4月から2025年4月にかけて、アジア(特に東南アジア・インド)のIT・AI関連M&Aは国ごとに様々な展開を見せました。シンガポールは豊富な取引と国際ハブとしての地位で突出し、インドは巨額投資とスタートアップ隆盛で今後の爆発的成長が期待されます。インドネシアはテックウィンターを乗り越える再編期にあり、マレーシアは政策効果で一歩抜きん出た年となりました。タイフィリピンはこれから本格的な市場形成期に入り、ベトナムは外資誘致で先端事例を作りつつ急成長中です。各国とも技術トレンドでは生成AIやフィンテックAIなど共通するホットトピックがあり、政府の支援策もそれぞれの文脈で打ち出されています。海外資本の動きはシンガポールとインドに集中しつつも、徐々に他国にも広がりクロスボーダーM&Aが一般化しつつあります。専門家の見解も総合すれば、シンガポールが当面リードを維持するものの、周辺国が追随して地域全体としてIT・AI関連M&Aが増加するという展望が示唆されています。

 特にシンガポールの強み(安定的環境・政策支援・国際金融機能)は際立っており、これは他国が短期に真似できるものではありません。その意味で、シンガポールは今後もアジアのIT・AI M&Aを牽引し、「シンガポールに始まりシンガポールに終わる」ような取引構造が続く可能性があります。他国はそれぞれの強みを活かしつつ、このエコシステムに参加・連携する形で成長していくと予想されます。

 今後の注目点として、インドにおける大型買収の行方、東南アジア新興国(ベトナム・フィリピン)でのエコシステム醸成、そしてシンガポールがどこまでそのハブ機能を拡大するかが挙げられます。2025年以降、これらの国々のIT・AI関連M&A市場はさらにダイナミックに変化すると予想されます。各国の政策と企業戦略が交錯し、アジア全体でIT・AI時代の新たな産業地図が描かれていく中、シンガポールのポジションが引き続き際立つ一方で、他国も特色ある成長を遂げることが期待されます。 

 クロスボーダーM&Aは、企業が国際市場での競争力を維持し、成長を追求するための重要な戦略となり続けるでしょう。しかし、クロスボーダーM&Aは国内企業同士のM&Aと比べて、PMIの難易度が高くなる傾向が多く、これは言語、法律、商慣習、文化などの様々な生活・ビジネス環境が異なる企業同士がを行うため、時間を要するケースがあります。企業がクロスボーダーM&Aを成功させるためには、事前の徹底したデューデリジェンス、譲渡企業と譲受企業の密なコミュニケーションの実施などが不可欠です。また、現地情報に精通した外部専門家のアドバイザリーサービスを事前に受けるなどの対応も求められます。

 弊社では、シンガポールはもちろんのこと、東南アジアの売り案件を取り揃えております。東南アジアへのM&Aという手法を使っての、進出、事業拡大にご興味のある日系企業様、「買い」側のM&Aアドバイザー様はお気軽にご連絡をください。弊社のクロスボーダーM&Aアドバイザリーサービスをご利用いただくことで、クロスボーダーM&Aを進める際、「売」企業様とのコミュニケーションが日本語で可能です。


Yuki Itakura

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Yuki Itakura
is a cross-border M&A advisor with extensive experience in international negotiation.


Kazuya Sakurai

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Kazuya Sakurai
is a certified Japanese CPA, professional CFO (Japan CFO Association), and UK-CMI certified sustainability (CSR) practitioner.


(注)上記記述は、その内容を弊社が保証するものではありません。詳細、最新情報は弊社までお問い合わせください。

監修:クロスボーダーM&Aアドバイザリー部門

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